壊れた魔導人形
「マスター、早く早くー!」
前を行くルルゥがご機嫌に跳ねる様子を、トランは苦笑い混じりに眺めていた。
修理を頼まれているアルフレッドは、ルルゥにとっては友人であり、貴重な魔導人形仲間。久々に会うのが楽しみなのだろう。
名無しの里の中心部には、石造りのこじんまりとした神殿がある。
子どもたちはここで基本的な読み書きや計算を学び、大人たちは人生に迷ったときの相談に来る。生誕式、成人式、結婚式、葬儀。季節の祭りや新年の祝いなど、人々の生活の中心にはいつも神殿があった。
「このような辺境にも神殿はあるのですね」
「人がある程度集まれば、需要はあるからな。ミュカが来る少し前にも、駆け落ちしてきた人たちが結婚式をやってたし」
「結婚式……」
ミュカの頬がほんのりと染まる。
この世界でも、結婚式は純白のドレスを着ておこなう。綺麗に着飾ってお姫様になる、女の子にとっては憧れのイベントだ。
ミュカに似合うのはどんなドレスだろう。
そんなことを考えながら、トランはなんだか気恥ずかしくなって口を閉じる。
結果的に二人とも無言になってしまっているが、それは決して気まずい沈黙ではなかった。
神殿の前では、数人の子どもたちが集まり、ブリッジ――仰向けになって両手両足で体を支える姿勢――をして並んでいた。
(ブリッジ……? あの子たちは一体……)
トランはわけがわからず立ち止まる。その隣ではルルゥが首を傾げて静止し、ミュカもまた戸惑ったように固まっていた。
「お前ら、何してるんだ?」
「……今……話しかけ……ないで……」
トランの問いに答えてくれたのは、単眼族の少年だった。
絵面としてはずいぶんシュールだが、子どもたちの様子は真剣そのものだ。邪魔しては悪いと、トランは二人に目配せをして彼らを迂回して進む。
「ねぇマスター」
「どうした、ルルゥ」
「みんな、すっごく無防備な格好してるけど……脇の下をくすぐったら、どうなるかなぁ」
「やめといてやれ」
「ふへへ……わかったよ、我慢するよぅ」
どういう設計をした結果なのか、ルルゥはたまに子どものようなイタズラ心を剥き出しにすることがある。古代の技術は謎だらけだ。
「ミュカ。ルルゥの首根っこを掴まえといてくれ」
プルプルと震える子どもたちの集団をその場に残し、トランは神殿の中へと入っていった。
この神殿では三人の神官が働いている。
そのうちの一人であるソフィは四腕族の女性で、帝国の神殿で冷遇されていた子どもたちを連れてこの地へとやってきた人だ。
様々な種族が存在するこの世界にも、いわゆる差別のようなものがある。
単眼族、双頭族、三乳族、四腕族など、体のパーツの数が他と異なる種族に対しては、「異形種族」と蔑称で呼ばれていた過去もあり、偏見を持たれることも少なくなかった。
「待っていたわ、トランくん」
ソフィは四本の腕を巧みに操り、神話の書写をおこなっていた。原本をめくる手と書き記す手を別々に動かせるため、彼女はこういった作業が得意らしい。
机の上に神典をそっと置き、ウェーブのかかったオリーブ色の髪を束ねながら立ち上がる。麻布の神官服はきっちりと整っているが、その表情はずいぶん沈んでいるように見えた。
「ソフィさん、大丈夫?」
「ありがとうルルゥちゃん。私はこの通り元気なんだけど……アルが、ね」
彼女が魔導人形アルフレッドに出会ったのは、たしか二十歳の頃。もう十年以上も一緒に暮らしており、夫婦と呼んで差し支えないほどの仲だ。
二人はいつもは楽しそうなのだが、今の彼女からその雰囲気は少しも感じられない。
「ソフィ。アルフレッドはかなり悪いのか?」
「……正直わからないの。奥に寝かせてあるから、トランくんに見てもらいたいのだけれど」
そう言うと、ソフィは静かに目を伏せた。よほど心配なのだろう。口調も弱々しく、相当参っているようだった。
アルフレッドはルルゥとは型が異なり、一般的な人類種族と同程度の大きさの人形だ。
深い海の色をした髪に、中性的な甘い顔。イケメン人形と言ってもいい。子どもたちと遊ぶのが好きで、いつも柔らかく笑っているのが印象的だった。
「これは……酷いな」
眠ったように動かない彼を見て、トランは息を呑んだ。
何かで殴られたのだろう、大きく陥没した頭部。
簡単に調べたところ、人工頭脳の重要な部分に傷はついていないようだが、周辺回路は無残に破断している。このままでは正常に動作しないだろう。
隣では、トランの足をギュッと掴んだルルゥが小さく震えている。
「一体何があったんだ、ソフィ」
「わからないわ。気がついたら彼はこの状態で、神殿の裏に打ち捨てられていたの……。トランくん、アルは治りそう……?」
「まだわからないな。ただ、今アルフレッドが眠っているのは、人工頭脳を保護する安全装置が働いているからだ。まずは詳しく調べないと」
トランは腰の魔導ポーチから、持ち運び用の修理セットを取り出して並べていく。
魔道具の修理は基本的に工房に持ち帰って行うことが多いのだが、今回のように出張での修理依頼を受けることもある。いつでも対応できるよう、最低限の道具は常に携帯しているのだ。
「ルルゥ。魔銀の在庫はまだあったか」
「バイクに積んであるよ。どれくらい必要?」
「魔銀塊をひとつ……いや、ふたつ用意しておこう。ミュカ、運ぶのを手伝ってくれ」
「わかりました。行きましょう、ルルゥ師匠」
「……マスター、アルっちを頼んだよぅ」
ルルゥは再度トランの足をギュッと抱きしめてから、ミュカとともに部屋を出ていった。
ルルゥとアルフレッドは型こそ違うものの、どちらも古代に作られた魔導人形である。これまで、まるで兄妹のように仲の良い友人として過ごしてきたのだ。
ルルゥのためにも、なんとかアルフレッドを直してやりたいが……。
「責任重大だな。まぁ、やるしかないか」
トランは一冊の本を取り出した。
魔導装置事典。
これは、トランにとって秘伝の書とも呼べる、魔道具の設計図集である。ルルゥを修理する際に解析した図面も入っているため、アルフレッドの修理にも参考になるだろう。
「ソフィ。修理の間、部屋を離れてくれないか」
「トランくん。私……ここにいては駄目かしら」
「すまない。心配な気持ちは察するが、席を外していてくれ。精密な作業をすることになるから、万全を期したいんだ」
「……そうね。わかったわ」
魔導人形の構造は非常に複雑だ。
修理のためには、おそらくソフィの想像している以上にアルフレッドの体を分解する必要がある。彼に思い入れのある人にこそ、見せたくない作業になるはずだった。
ソフィは少し不満そうにしながらも、おとなしく部屋を出ていった。
一人きりになった部屋。
石台に横たわる壊れた魔導人形を前に、トランは肩を鳴らして気合いを入れる。
「さて、始めるか。その前に念のため……」
トランは魔導ポーチから手のひらサイズの端末を取り出し、スイッチを入れる。起動した画面を覗き込んで……その結果に、深く長いため息を吐いた。
できれば当たってほしくなかった懸念だ。
「……これは、きな臭いことになってきたな」
そうボヤくと、部屋の隅にある鳥の置物のもとへと向かった。
手の中にある端末は、周囲で稼働中の魔道具の位置を示すものだ。一見ただの飾りでしかない鳥の置物も、どうやら魔道具のようであり――。
「魔導人形の修理の様子を覗き見か。帝国の技術者はずいぶんと趣味が悪いんだな」
トランは若干わざとらしくそんなセリフを残してから、魔導カメラのスイッチを切ったのだった。





