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公開処刑

 カチュアとミュカの会話を聞きながら、トランは酒場の隅で小さくなっていた。


「……ああいうのは俺のいないところで話せよ」

「ガハハハハハッ! この色男め!」


 トランの背中をパンと張るのは、虎爪族(ウェアタイガー)の男、ライオルだ。前世の感覚からすると「猫耳」と呼びたくなる容姿だが、彼らに猫扱いするのは侮辱にあたるらしい。

 ちなみに、狼牙族(ウェアウルフ)を犬扱いするのも同様にタブーである。


 歳はトランとそう変わらないが、彼はかの有名な「冒険者」の資格を持ってるエリートだ。この里でも、戦闘技能が必要とされる案件にはノリノリで参加している。フットワークの軽い男である。

 彼の仲間である鉤鼻族(ドワーフ)触角族(アンテノイド)単眼族(モノアイ)……いずれも屈強そうな男たちが、トランの周りで楽しそうに酒を酌み交わしていた。


「だがよ、あのちんちくりんのカチュアも夢魔族(サキュバス)だぜぃ。数年すりゃリュイーダ姐さん並のワガママボディに成長するんだろ? 切り捨てるにゃもったいねーよなぁ」


 そう言って鉤鼻族(ドワーフ)はガバガバと酒を飲み干し、お代わりを叫ぶ。蒸留酒が水のようだ。


「ふむ。ですが、あのまな板がバインバインになりますかな?」


 触角族(アンテノイド)が二本の触角(アンテナ)をクイックイッと揺らしながら、顎に手を当てて賢そうな顔をする。なお、考えている内容は煩悩まみれである。


夢魔族(サキュバス)の二次性徴を舐めてはならぬ。我も幼馴染の夢魔族(サキュバス)にもっと優しくしていれば……ヒック……」


 単眼族(モノアイ)の男は半ば酔いつぶれ気味であったが、皆は気にせず彼の盃に酒を注いでいた。


 トランを置き去りに、みんな大盛り上がりだ。

 酒やつまみがどんどん注文されていき、運んでくる従業員(サキュバス)達も雑談に加わってきて、徐々に収集がつかなくなってくる。


「うーん、賭けは姐さんの一人勝ちかぁ」

「……賭け?」


 従業員(サキュバス)の一人が、トランの頭に両乳をのせながらため息をついた。


「みんなで賭けてたのよ。誰がトランちゃんのハートを射止めるのかね。はぁあ、大損だわぁ」


 彼女の言葉に、従業員(サキュバス)達は首を大きく縦に振って残念そうにため息を吐き始めた。


「ふ……。カチュアは四天王の中でも最弱」

「いやいや、四天王は全員玉砕じゃないの」

「まさか本当に外から嫁を調達してくるとはね」

「私はルルゥちゃんを等身大に改造するって大穴に賭けてたんだけどなぁ」


 みんな好き勝手言っているが、まさか賭けにされていたとは。あと四天王って誰だ。

 トランはもういろいろと面倒になってきて、喧騒から逃れるように渦中の二人へ視線を向けた。



……カチュアは、ミュカの胸を揉んでいた。


「ほーれほれほれ。あんた、こんな貧相な体でトラン兄を満足させられんの? ヒック」

「な、なななななななにするんでしゅか」


 完全に酔っ払いの所業である。

 ちなみに、ミュカのスタイルは決して悪くないのだが、夢魔族(サキュバス)基準だと他種族がみな貧相な体に判定されてしまうのは仕方ないだろう。


 ワインのように顔を真っ赤にしたミュカが、カチュアの手を振り払う。上目遣いで睨んでいるが、残念ながら迫力は微塵もなかった。


「ミュカ大丈夫? トラン兄、けっこームッツリだよ? リュー姉の体をよく見てるし、従業員のお姉ちゃんたちの谷間からも頑張って目を反らしてて可愛いって言われてるし」

「わ、わたくしだってトランさんにちゃんと意識されてます! お、おおお風呂上がりにちょっと薄着のときなんか、チラチラと視線を感じますし!」

「そうだよぅ! ミュカっちが寝てるときなんて、マスターはこう、ヘナヘナってだらしなーい顔をして、ミュカっちの体を眺め回してるんだよぅ」

「え、そうだったんですか?」


 いつの間にか二人の会話にルルゥが混ざり、なぜか知らないがトランのムッツリ暴露大会が始まっていた。

 ちなみにトランとしては、そんな視線を送っていたつもりなど微塵もない。だいぶ話が盛られているのではないかと思う。


(な、なんだこの羞恥プレイは……)


 顔から火を吹きそうになりながら、彼女たちの会話から視線を剥がして振り返る。


 するとそこには。


 ニヤニヤニヤニヤ。クスクスクスクス。ふひひひひひひひ。ゲヒャヒャヒャヒャ。

 この上なく楽しそうなたくさんの目が、トランを喰らい尽くそうと待ち構えていた。この中に、手心を加えようという優しさを持った者は皆無だろう。


(……こんなもん、公開処刑だろ)


 トランは両手で顔を押さえながら「本当に勘弁してくれ」と小さく呟いた。




 ひとしきり弄り倒されたあとで、トランは隙を見て逃げるように酒場を出た。バイクの荷物スペースから木箱を抱えて戻ると、取引カウンターへ向かう。


「リュイーダ、仕事の話だ。納品確認を頼む」

「はいはい。今日は災難だったわね」


 リュイーダは妖艶な笑みを浮かべながら伝票を捲る。ひとつひとつ品物を確認し、時折トランに修理内容を確認しながらメモを残していく。


「そうそう。王都の魔道具ギルドから書簡が届いていたわよ。あとで渡すわね」

「たぶん、技術使用料の振り込み先についてだろうな。口座残高もまた無駄に増えてきたし、春くらいには王都に顔を出さなきゃいけないかもな……はぁ、面倒だ」

「うふふ。気が進まないのはわかるけれど」


 こればかりは仕方がない。

 普段は雑事をギルドに丸投げして引きこもらせてもらっているのだ。年に一度、王都を来訪するくらいの義務は果たしてしかるべきだろう。


 それに、ミュカの実家への挨拶も何かしらの形でしなければならない。トランはげんなりした気持ちでため息を吐く。


「……魔道具の納品はすべて問題ないわ。購入する食料品と日用品については二人分でいいのかしら。ミュカちゃん用にワインも必要よね」

「あぁ。食料は柑橘類を多めに入れておいてくれ。それから、新しいベッドやタンスなんかも入手したい。家具職人に頼めるか?」

「そろそろ里を訪れる時期だと思うわ。詳細をミュカちゃんと詰めて、依頼書を作っておくわね」

「あぁ。よろしく頼む」


 この地において、様々な職人と各個人が直接交渉をするのは互いに面倒が多い。これを一手に引き受けるのも酒場の役割であった。


 ちなみにここでは、金銭の代わりに「ポイント」で取引をおこなっている。というのも、この里は国に所属しているわけではないため、硬貨の量を満足に用意できないのだ。

 トランで言えば、魔道具の作成や修理を請け負うことでポイントを得て、それをお金代わりに他者への依頼を出す。ポイント残高については、酒場に置いてある台帳で管理されていた。


「ミュカちゃんは、普段何をしてるの?」

「今はルルゥの手伝い、というか家事修行をしてるな。それ以外は特に何もしていないが」

「あら。じゃあ、趣味なんかは?」

「……そういえば、聞いたことがないな」


 トランは魔道具弄りが趣味のようなものだし、気が向けば本を読むこともある。ルルゥは家事をしている以外の時間は、家庭菜園や縫い物に精をだしていたりするのだが。


 出会って日が浅いとは言え、ミュカについてはまだ知らないことばかりだ。


「そうだな……。ミュカのポイント口座に、俺のところからいくらか移しておいてくれないか。欲しい物があったら都合してやってほしい」

「わかったわ。女の子としての買い物もいろいろあるものねぇ。家具の話と合わせて、あとでミュカちゃんとじっくり相談しないと。うふふ」

「お、お手柔らかにな」


 話しながら、リュイーダはポイント台帳にいろいろと書き込みをしていく。

 彼女のやっていることは、電子マネーの仕組みを手動でやっているようなものだ。こういう業務こそ、魔道具化することで楽になる分野なのだろうが。


「……ミュカちゃん、楽しそうね」


 酒場を見れば、ミュカの周りには里の人々が集まっている。なんだかんだカチュアともずいぶん仲良くなったようで、はじめの頃より肩の力が抜けているのが見てわかった。


 貴族学校時代は孤立していたらしいので、少し心配していたのだが――。


「意外と馴染むのが早かったな」

「場所が変われば人間関係も変わるものよ。ミュカちゃんに昔何があったのかは知らないけれど……。いい子じゃない」


 ミュカは口元を押さえクスクスと笑っていたが、トランの視線に気がつくと、微笑みながらコテンと首を傾けた。


 トランは「なんでもない」と首を横に振る。


「トランちゃんには、ミュカちゃんみたいな娘がちょうどいいのかもしれないわね」

「ん? それはどういう……」

「うふふ……。あ、そうそう――」


 リュイーダはトランの問いに答えることなく笑みを浮かべる。そして、胸の谷間をニュッと探ると、一枚の紙をつまみ出した。


 魔道具修理の依頼書だ。


「トランちゃんに訪問修理の依頼が来ているの。急ぎで頼みたいらしいわ」


 トランはコホンと咳払いをして、リュイーダのこぼれそうな胸から視線を剥がし、ペラペラと揺れる依頼書を手に取る。紙がほのかに温かいのは気にしたら負けだ。


 魔道具修理の依頼者は、神殿孤児院のソフィ。

 神官をしている三十代の女性で、身寄りのない子どもたちの面倒をみて暮らしている。トランもよく知っている人物なのだが――。


「修理してほしいのは、アルフレッドみたいなの」


 アルフレッド。

 それは、ソフィとともに孤児院で働いている古代の魔導人形だった。


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