第五話 決闘をしよう(下)
「第四話 決闘をしよう(上)」に続き、物語のページをめくって頂いたこと、誠に感謝致します。
ルーアは黒恵を利用し、黒恵はルーアを利用する。
利害の一致がそこにあったが、黒恵その一言を持って否定する……。
そこにあった、黒恵の暗い過去に迫ります。
では「第五話 決闘をしよう(下)」をお楽しみくださいませ。
「──あなたが言いたいのはそれだけですか?」
今にも手から零れ落ちそうな双剣が、その言葉を聞いてピクリと動いた。
それを受け入れれば容易く、仲間が二人喜んでやって来て自分のために働いてくれると言うのに、私は言葉にならない怒りを秘めてそれを拒絶した。
俯いていたルーアの顔が、何故?と言う面持ちで呆然と立っていた。
「まさか、ここでリタイアを?逃がすと思いますか、決着は最後まで付けましょうよ」
銃を構えたまま、目の前の自己中心的な考えを持った馬鹿を嘲笑ってやった。つまり、先程の降伏宣言を不服と見て撤回を要求したのである。
彼女の困惑した目が今まで以上に鋭くなり、再度構えた剣先は、先ほどよりも確実に喉元を捉えていた。
「私が何に見えたかは知りません。決闘を申し込んだのは貴女で、私はそれを利用したに過ぎない。さあ、本気でかかってこい!ルーア!」
唾が空中へ吐き出され、それが地に勇ましく生える草に滴り落ちる。
そして悲痛な叫び声とともに、その草は踏み潰された。
飛びかかる双剣に集中して非致死性弾を打ち込み、片方を吹っ飛ばすことに成功。
後方にバク転する途中に92Fに新しい弾倉を装填し、それらを一旦ホルスターにしまい、セットしていたM27歩兵用自動小銃×SIX-12を呼び出す。
驚愕を隠せず、ルーアは後ろへ跳躍して即座に放たれたゴム弾を回避。
振り出しに戻ったことにルーアは舌をつき、三度目の膠着状態を迎えた。
お互い荒い息を吐き、敵意むき出しの目を銃口と剣先に込め、対峙していた。
「私にも、可愛い妹がいました」
ついルーアが中学時代の私に映り、口が二度と開きたくない記憶の箱を開いてしまった。
私の年から四年前。私が当時中学二年生で、同じ中学の一年だった妹はクラスに馴染めず、半ば排他されていた。
成績も身体能力も姉に似てよく、決して悪いところはなかったが、今思えば人付き合いが小学校の頃から苦手だったように思える。
二年のうちは、仲間外れにされてる妹に同情し、私が入っていた吹奏楽部に入らせ、パートも同び楽器にして、家でも学校でも一緒に楽しく過ごしていた。
夏のコンクールでは嬉しくも金賞を受賞し、アンサンブルコンテストでも金賞を受賞したりと好調で、その時は彼女もそれらのおかげでクラスに少しでも馴染むことができ、友達も数えるほどしかできなかったが、それでも姉として嬉しい光景だった。
だがその翌年からだ、彼女の運命の歯車が音を立てて軋み始めたのは──。
出来事の始まりは、そう……3.11と言えばそれを知らないものは居ないだろう。
日本の三陸沖の太平洋を震源として発生した地震。
今も多くの人に痛みを伴って記憶に残る、東日本大震災だ。
2011年3月11日(金曜日)14時46分18秒。
その時は私も妹も幸運なことに、偶然非常口に近い場所で楽しく楽器の練習をしていたところだった。
突然学校の放送からけたたましく緊急地震速報が流れ、楽器も譜面も何もかもをその場に置いて、身一つで訓練通りに机の下に隠れた。
その直後、体験したことの無い大きな揺れが4階にいた私達を襲った。
ベル(金管楽器の音が出る部分の名称)を下に置いていた楽器は、支えが不十分であった譜面は、釘一つで支えられていた3月の花が綺麗なカレンダーは、それまで風に押され音を出す程度だった窓ガラスは……揺れ割れ倒れ、それはもう修羅場であった。
数秒もすると揺れは収まり、先生が防災用のヘルメットを被る暇もなく生徒が怪我をしていないかなどの確認に走り回り、私は鞄にある貴重品だけでもと、必要最低限のものを妹の鞄に詰め、非常階段を降りて校庭に出た。
学校内にいた生徒は全員比較的安全な外に出て、外にちったガラスの破片を避けながら、吹奏楽部員は欠席した人を除いて全員が揃い安堵した。
部活を中断して身一つ家に帰っても仕方がないから、親が迎えに来るまで荷物を整え最近作られたばかりで、避難所にも指定されていた体育館に集まり、その日親も交通麻痺によって帰宅が遅れた上、家の処理に多忙だったため硬いマットレスと毛布一つで、妹と体を温め合いながら余震に震える夜を過ごした。
それから一週間は学校に行くことはなく、無事だった家でつかの間の安寧を得られた。
だが、妹の方は思いの外精神的なダメージが大きかった。
余震が来る度に泣き、過呼吸を起こしたり、トイレに駆け込み嘔吐する日々。
大震災のことを報じるテレビは当時の記憶がフラッシュバックし泡を吹いて倒れた事もあり、そういうものは家族もあまり見なく、妹は段々と部屋に引きこもりがちになっていた。
それを傍らで心配しつつ三年生になった私は受験を控え、妹の事をそう見てやれなくもなってしまった。
復興が少しずつ進み、応援ソング「花は咲く」を補修が完了した校舎の前で……隣に妹がいないという悲しい中で吹き、学校の皆と震災の傷痕を共有した。
悔しくもその日の夜だった。妹が、首を吊って自殺したのは。
それを目撃し、私は心に二度と癒えることの無い深く冷たい傷を負った。
妹に続いて部屋に引きこもるようになってせっかく会った有名な高校への受験の話も全て水の泡になり、朝起きテーブルに置かれた朝食を食べ、ゲームして昼食を食べ、ゲームして夕食を食べて寝る。
そんな堕落した毎日を、妹が死んで数年の間送っていた。
「……ッ!!」
ルーアが、その苦痛を分かってくれたのか、その場に崩れ落ち啜り泣いた。
私の目も、もう既に輪郭がぼやけ前が見えない。
一部、この世界では通用しないような言語を省略して説明し、私もその場で崩れ、妹の名を呼んで泣き、女二人の泣き声が、争うように声を荒らげて響いた。
ルーアと黒恵が戦闘しなくなり十分が経った。
不審に思いながら状況を見守っていた組合長だったが、二人揃ってその場に崩れ落ちなく姿を見て決闘の中断を決意。
二人を回収し、別室にて落ち着くこと一時間。最終的にルーアの降参宣言で勝敗は決し、私の勝ちで幕を閉じた。
組合長からも、先の熾烈な戦いに感銘を受け、特定のクエストを受けそれを達成することでシルバー等級のクエストを受けられる許可を冒険者ギルドに申請し、間もなくして受理された。
そして、ルーアの妹の噂、黒恵の波乱万丈の人生に心打たれた冒険者達がなけなしの金を寄付し、金貨12枚と少しに相当する銀貨、銅貨を集めた大きな袋がギルドに届き、決闘が終わった数日はそれらを選別する作業に追われた。
具体的な金額が明らかになってくると、ルーアと私とのお金も合わせ、今わかるルーアの相場を確認した後日用雑貨をある程度揃え、ついに奴隷館へとやってきた。
「黒恵ちゃん、もし良かったらなんだけれども……私の妹の名前、奴隷を書く時に変更できるは出来るんだけど、貴女の妹さんの名前にするのはどうかしら」
奴隷館を入る前、ルーアがそう申し訳そうに言った。
先の決闘といい、何を呑気なことを言うのだと思ったが、少し嬉しかった。
「何を言うのかと思えば……そんな自分のことだけ辛いように言う女ではないですよ。ルーアの妹はルーアの妹、仲間が一人増えるだけで十分ですよ」
そう茶化して、私は奴隷館の重い扉を押して開く。
中は頑丈な作りで細部に意匠が施された、取り扱っている商品とは逆行して綺麗な場所だった。
貴族とかのお偉いさんが来るのを意識しているからだろうか、中世時代のこういうところは嫌いだ。
「こんにちは、どうぞいらっしゃいました。先に「リーア」をお探しと聞きました、ルーアさん、黒恵さんでいらっしゃいますね?」
こんな所にまで知られていたのか、なんとも恥ずかしい話であり、中太りした男にニヤニヤされながら言われたくないのである。
そうだと肯定し、デブ男に連れられ応接室のような場所に入った。
そこもまた高級そうなイスと机があり、見るのも嫌になりそうだ。
「さて、お探しのルーアさんの妹さん、リーアさんですが、こちらの相場では金貨10枚になります。一見普通の狼人に見えてしまいますが、親は希少な銀狼、そのような高価な値段になっていることを詫び、金貨8枚でどうかと思いますがどうでしょう」
いちいち癪に触りに来るような男だ。
早速、二割引の値札が着いて交渉が始まった。
購入したら、奴隷としての存在証明となる魔術刻印を消すということで金貨8枚銀貨20枚。
二年も奴隷として自由を奪われた代償として金貨8枚銀貨10枚。
それは自業自得だと値引きは成功せず金貨8枚銀貨20枚。
そこに、今後奴隷商売が必要になった時、ここの商会(グローウォーム商会という)を贔屓にすると、金貨7枚銀貨20枚。
そこからは神の見えざる手、では無いが落とし所を探す交渉が続く。
「いいでしょう。リーアは金貨7枚銀貨30枚、それで買い取りましょう」
ルーアと顔を合わせ頷き、今言った金額のものと奴隷所有券を交換しそこに二人のサインを書くと、直ぐにリーアは姉との再会を果たした。
いつまでもいるデブ男に銀貨を一枚飛ばして追いやると、姉妹同士で話が始まった。
水を指すのは申し訳ないので何も言わず聞いていると、姉を信じ、くらい牢屋の中で薄い布1枚隔てて人権もクソもない奴隷として、料理も満足に食えない過酷な環境を二年ほど過ごしていたという。監視員を通じて、リーアにも噂は来ていたようだ。
買い手がいればルーアも諦めていただろうが、それまで買われなくて良かったという客観的な思いと共に、そんな過酷な状況の中耐えた妹の強さを心の中で賞賛した。
「第五話 決闘をしよう(下)」お手に取りお読みいただいた事、まず御礼申し上げます。
同じ境遇で、黒恵を利用しようとしましたが、黒恵はそれをなまじしっかりしていない信頼関係の上でやる事に不服を感じたのでしょう。
あれがそのまま続けば、いずれ結成したパーティーの維持もおぼつかなくなるでしょう。
お互いの傷を舐め合い、信頼にたる存在になった彼女たちは、いよいよ銀等級最初のパーティークエストに挑みます。
それでは、次話
「第六話 ゴブリン蔓延る洞窟を攻略しよう」へ続きます……。