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会社前で彼を待つと、黒い綺麗に磨かれた車が近くに止まった。
紺色のスーツを着て、髪をオールバックにまとめた男の人が降りてきた。
彼がわたしの旦那の、田中裕也さん。
「待たせたな。乗れ。」
彼は後部座席の扉を開けた。
車を降りた先は予約半年以上待つと言われている高級レストランだった。
まさかこんな高級店だとは思わなかったので、地味な服装で来てしまって申し訳ない気持ちで、恐る恐る彼を見上げた。
彼はちらりともわたしを見ずに車のキーを係員に渡していた。
レストランは最上階にあるようで、メインエントランスから綺麗なホテルに期待が高鳴った。
わたし達が案内された席はとても綺麗な、まるでキラキラと宝石を散りばめたような景色だった。
特に会話はなかったけど、料理も景色もとても美しいものだった。
裕也さんと食事を始めて、メインに差し掛かった頃、かつかつとヒール音が近づいて来た。
ふと横を見上げると、赤いドレスの美しい黒い髪をなびかせた綺麗な女の人が立っていた。
わたしはこの人を知っている。
「ごめん、裕也。今日の仕事なんとか早く切り上げられたの。」
待たせて、そこまで言って彼女はわたしの存在に気付いたみたいだった。
本当に驚いた顔をしていた。
「誰、この女。」
先程のにこやかな顔から一転、鋭く裕也さんを睨みつけながら彼女は問いかけた。
裕也さんは平然と食事を続けていて、飲み込んだと同時に俺の妻だと紹介された。
「この女が…」
視線がわたしに突き刺さるように感じた。
問い詰めるその視線に、怯え視界が滲んだ。
「裕也はもう何年も前からわたしの為にこのレストランを予約してくれてたの。それなのに…妻だかなんだか知らないけどよくそんな貧相な格好でのうのうと来れたわね。おこがましいにも程があるわ。」
ため息をついた彼女は裕也さんの近くにあったワイングラスを持つと、わたしの頭上でひっくり返した。
「あんた、信じられない。」
あまりのことに驚き、目を見開いた。
とっさに彼女を見上げると、酷く軽蔑するような瞳と目があった。
「裕也から愛されてもないくせによく平然としてられるわね。あんたみたいな女理解出来ない。さっさとどっか行って。」
言い返せない。
こんなに素敵な場所で注目を浴びてしまった事も、汚れた白いワンピースも、こんなわたしも。
彼の瞳は心底うんざりしていて、全てが恥ずかしくて、わたしはその瞳から逃げるようにホテルを出た。
もちろん、彼は追いかけてこなかった。
白いワンピースだった為赤いワインのシミは酷く目立ってしまい恥ずかしかった。
家に入り破るように脱ぎ捨て、ゴミ箱に投げ入れた。
先程の光景がフラッシュバックして、止まったはずの涙がまた溢れた。
わたしがもし、彼女のような人であれば。
おぼつかない足取りでお風呂に湯を張った。
その日は懐かしい夢を見た気がした。