第9話 焼肉パーティ
会社での昼休み時間に、瑞希は食堂で自作の豚の角煮を同僚たちに振る舞っていた。プゥンと良い匂いが食堂中に広がり、ワッと男性社員たちも集まって、あっという間に片付いた。
「はーよかった。とりあえずミッションクリアだな。アレ食べたらまた太っちゃうよ。そして、脂肪とってもらって肉貰ってって無限ループじゃん」
そう言いながら、自分の席に座りながら一人で笑った。すると正面入り口から爽やかな男性の声。
「こんにちわー! ○○社の吉井でーす!」
「わ! 吉井さん!」
そう。これこそが女の片思いの相手の男、吉井である。スーツ姿で愛想のよい笑顔。モテそうな男だ。瑞希が虜になるのも無理からぬ男ぶりだった。
「ふふ。どうしました? 富永さん。めっちゃ笑ってましたよね」
「いやー。一人突っ込み、一人ボケ的な? やんやん。恥ずいぃぃー!」
瑞希がそんな振る舞いをすると、吉井は腹を抱えて笑った。
「ヒーヒー。面白いなー。富永さんは」
「やだぁ。私、恥ずかしがり屋さんなんですよ。ホントは。テヘ。ペロ」
吉井を見るとテンションが上がる。瑞希が持ち前の明るさで言うセリフに吉井はまた笑ったが、瑞希を改めて見て顔が変わる。
「ん? 富永さん、なんか変わった?」
「え? 分かります?」
「ええ。雰囲気が大分……」
瑞希はニヤついた。吉井は気付いてくれた。たった一日の変貌。箱によって3.5kg減の体。自分に気があるのかも知れないと猛烈に嬉しくなった。
すると吉井は受付カウンターに近づいてきた。いつもの感じではなく赤くなりながらモジモジと瑞希に向かって声のトーンを落としながら。
「あの富永さん、今度……」
トキン。瑞希の胸が高鳴った。
「え? なんですか?」
そう聞いたところで瑞希の後ろから多少厳しめの声。
「おい。吉井くん」
彼を呼んだのは瑞希の上司。薄毛の課長だった。
「じゃ、これ発注書ね。ウチの事務員さんに手を出さないようにお願いしますよ」
「あ、は、はい……」
吉井は課長から発注書を受け取った。これを貰ったら長居する口実がない。挨拶をして出て行った。
瑞希は何が「今度」だったのか気になった。デートのお誘いだったのかもしれない。そう言えば、まだトークアプリのIDも交換してない。
社会人は面倒くさい。課長を恨み、こっそりと睨みつけた。
しかし吉井が何を言いたかったのかを想像しながらの時間は楽しかった。時間があっという間に過ぎてゆく。そうこうしている間に仕事も終わり、瑞希は家路についた。
そして、部屋に入り何の気なしに冷蔵庫を開けてため息をついた。肉だ。生肉の山。昨日の箱から出て来た肉がたくさんある。とても食べきれる量ではなかった。
「そーだ! いいこと思いついた! ひらめきマシンガン!」
──それがどういう意味かはわからないが、瑞希は大学時代からの友人8人ほどに連絡。焼肉をするということで男友達4人、女友達4人が駆けつけた。
「ほい。野菜持ってきたよー」
「包丁とまな板持ってきた~」
「わー! なにこの塊肉!」
瑞希は手を叩いてはしゃぐ友人たちを制した。
「はいはい。みんなで切って焼いて食べちゃおう!」
号令して焼き肉パーティーの開始。ホットプレートを出し、めいめい好きな大きさに切って焼いた。途中、男たちが肉のタレやソースをスーパーに買いに行き、酒も買ってきて盛大な宴会となった。
「うあー! ごちそうさまでした! もうしばらく肉見れない」
「わたしもー!」
「でも、あらかた片付いたよな」
仲間たちは満足したが、瑞希はため息をつく。
「でもねー。まだ冷凍庫にもあるのよ。冷凍のはいいけど、冷蔵庫のはどうしよう。悪くなっちゃうよねぇ」
「ああ。もらえるならオレ実家だから持って帰るか?」
「マジ? タケル、マジ? そうして貰えると助かる~」
「貰って感謝されるなんて変な気分だな。じゃ、貰ってく」
男友達に冷蔵庫に残った肉を渡すと、お開きになってみんな帰って行った。
「さてさて」
瑞希は誰もいなくなったこの部屋で、いつものように全裸になり体重計に乗った。
「ああ。神様。分かってます! 分かってますとも! 今日はたくさん食べました。しかしながら申し上げます! 神様から頂戴したお肉を食べただけなのです。ですからご利益を持ちまして、本日の方は体重の方は何卒! 何卒ご容赦を!」
まるで西洋の神に祈るような手つきをし懺悔のような言葉を唱えてデジタル文字を見た。
『51.9』
「ああ! 神様!」
瑞希は体重計から下りて平伏した。そして顔を上げる。
「でもさぁ、お腹のお肉じゃなかったんだね。48kgまでやせるのに、どこの肉が余計なんだろ?」
さっきとはガラリと変わって苦情。瑞希は腕を上げて二の腕の下を引っ張った。
「ここかなぁ?」
瑞希は、黒い箱をとった。
「二の腕の脂肪を取って欲しいの」
『願い事を言って下さい』
瑞希は初回の願い事が食べ物だったので、引き換えには食べ物だと思っていた。しかし、そうなると冷蔵庫にも空きがない。そう思うと箱に光文字が現れた。
『大型冷蔵庫?』
その文字に瑞希は驚く。
「うえー。心の中を読むんだ。さすが神様の落とし物。でも、今の冷蔵庫が邪魔になるしなぁ」
『では、今の冷蔵庫も処分して大型冷蔵庫?』
「マジ? すっごい! じゃぁ、それで!」
瑞希が願うと、箱に例の文字が浮かぶ。
『叶えられました』
箱から白いレーザーが飛び出し、今ある小さい冷蔵庫が消えて行く。逆にそこに大型冷蔵庫が現れた。
そして、次に瑞希の二の腕に赤いレーザーが伸びる。たちまち瑞希の二の腕はシュッとしまった。
「すげー! すげー! ウスゲー!」
もう、課長は省略した。冷蔵庫を開けるとそこには前の冷蔵庫に入っていたものがちゃんと入っている。
冷凍庫には例の肉が奇麗に並べられていた。そして、冷蔵庫のドアには例の目標も貼られている。しかし瑞希は中が暗いことに気付いて、コンセントを差し込んだ。
「すげぇ。西芝製じゃん。どうやって? 保証とかどうなるの?」
そう言いながら黒い箱を見ると箱の下に説明書と保証書、購入店のハンコまで押されていた。
「マジすか。神様どこまで丁寧なんすか。あ! そうだ!」
瑞希はまた体重計に乗った。
「さてさて~。さてさて~」
視線を落としてデジタル数字を見る。
『51.1』
「へー! 0.8kgもついてたんだ! すごーい。……でも、0.8kgの脂肪で大型冷蔵庫って。よく考えたらありえないよね? なに? この箱なんなの?」
瑞希は怖くなってきた。箱をつかんでゴミ袋に放り投げ、そのままゴミ捨て場に行ってそれを置いて来た。
「ちょうど、もえないゴミの日でよかった。……神様。もう充分ご利益を頂きました。ミズキはあと三キロ自力でやせますので、後は温かく見守っていて下さい」
そうポツリと言い放つ。そして名残惜しそうに振り向きながら部屋に戻って行った。