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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
テオと天才篇
89/202

第89話 出会い

 その日、フィンセントが外に出たのはほんの気まぐれだったのかもしれない。

 小さなカンバスとイーゼルを抱いて、弟のテオに小さく「行ってくる」とだけ言って外へ出たのだ。


 大きな通りは恥ずかしい。奥まった裏通り。だがイーゼルが置けるような場所をおっかなびっくりといった様子で探し、ようやくそこを見つけてカンバスに風景画を書き出した。

 裏通りの大きな街路樹の下。絵を描いて夢中になると太陽の熱すら気付かずに熱射病になるおそれがある。それを見越しての木陰。街路樹を背にしてイーゼルを街へと向ける。

 作品に向きそうなレストランを見つけた。これを書こう。フィンセントの目の色が変わり、カンバスへと向かった。


 ここパリではよく見かける光景だ。

 彼を珍しいものともせず、その後ろや前を通り過ぎる。彼も集中して絵を描いていたので別段それを気にもしなかった。


 だが、ふと視線が気になりそちらの方向を見る。そちらには自分よりも年若い男が二人、彼の絵を興味深そうに見ていた。


 フィンセントは恥ずかしそうに絵を隠して立ち去ろうとしたその瞬間に二人は声をかけて来たのだ。


「ふぅん」

「へー!」


 感心した声と、軽い声──。

 フィンセントは少しばかりムッとした。自分よりも年少のものたちがからかい半分に声をかけて来たと思ったのだ。しかし、軽そうな男がさらに接近して話しかけてくる。


「ここパリで、異色な絵を描くね。う〜ん。めずらしい。ねぇジョルジュ」

「そうだなポール」


 異色な絵──。

 褒め言葉ではない。しかし二人は食い入るように興味深そうにフィンセントの暗い色使いの絵を眺めていた。


「すごいや。おっと。挨拶がおくれたね。こんにちわ。ボクはポール。ポール・シニャックさ。こっちの無口なのはジョルジュ・スーラ。二人とも絵描きなんだ」

「……どうも」


 何も言えないフィンセントとは別に、しゃべりまくるポール・シニャック。そして無口だが雰囲気が重いジョルジュ・スーラ。二人はパリっ子らしくお洒落で華々しい出で立ちだった。その二人がフィンセントに興味を持ったらしい。

 だがフィンセントとしては驚いた。二人とも聞いたことのある名前だ。

 若いながら最近売れだした画家──。

 自分とは違う。自分はまだ一点の作品も売れたことがない。その二人に興味を持たれたことは大変嬉しいことだった。

 フィンセントは、誘われるがままに、美しい街並みのパリの大通りを過ぎてポールのアトリエへ──。


 そこは光り輝く場所だった。

 それはランプや蝋燭の炎が灯っているからではない。絵が明るい──。そしてそれが醸し出す絵の力だ。フィンセントはたちまちその絵に魅了された。


 これがパリで流行する絵。弟のテオが言っていた。なるほど悪くない。むしろ、心を引きつけられる。


 少し前まで、日本の浮世絵に心奪われていたが、ここパリの絵も素晴らしい。明るい絵の技術を取り入れたい。と──。

 テオの黒い箱に願ったものは良いように功を奏したのであった。

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