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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
テオと天才篇
87/202

第87話 不本意な衝突

 家について、しばらく雑談をした後、テオの兄フィンセントは大きな布をほどいて絵を出してテオに見せた。


「自信作なんだ。率直な意見を聞かせて欲しい」


 それは、農民の一家が収穫したじゃがいもを食べている絵であった。大作だ。後に「じゃがいもを食べる人々」と呼ばれる絵画である。

 テオはそれを手に取ってまじまじと見る。


 それは仕事人の目──。

 テオは仕事柄、絵には相当目が肥えていた。

 その目が兄フィンセントの絵画を鋭く判断する。


 暗い暗い色使い。それは農家の貧しさを示している。その中で家族たちは僅かな光りを頼りに貧しい、本当に貧しい食事を楽しむ。しかし。しかしだ。そこには家族の交わりがある。一日の辛さを分かち合う愛が見える。テオは瞬時にそれを感じた。この絵にある、フィンセントが書きたかったものが分かったのだ。


「いやぁ……」

「どうだ。本音を言って貰いたい」


 テオは細くため息をつく。そして笑顔を作った。


「素晴らしい絵だよ。農民たちの団欒。しかしその奥に農業の辛さがにじんでいる。まさに兄さんじゃなきゃ書けない絵だ!」

「本当か? 本当に素晴らしいか? このパリでも通用するか?」


「ああ、もちろんだとも!」


 フィンセントもテオに誉められて笑顔を作る。そして、再度質問した。


「そうか! よかった。でも強いて言えばってところはやっぱりあるだろう? どんなものにだって完璧はあり得ない。私は神じゃないからな。その辺を正直に言ってくれないか?」

「そんなことないよ」


「そうか? 強いて言えば。強いて言えばだぞ? 言ってくれテオ。私はもっと成長したいんだ」

「うーん。強いて言えばか……」


「あるか? あるなら言ってくれ」

「うーん。強いて言えば全体的に暗いかな? パリの人たちは明るい色を好むから、明るめに書くといいかも知れないね」


 そう。パリで主流の書き方ではない。これをパリで売るとしたら買い手はつかないだろう。

 それはテオの画商としての目。需要への正しい目だ。


 だが途端にフィンセントの顔は鬼の形相に変わる。

 テオはハッとした。言うべきではなかったと。フィンセントの性格上、今の言葉を10倍も20倍も悪くとってしまう。

 案の定、フィンセントは眉を吊り上げて声を張り上げた。


「テオ! お前はまるで分かってない!」

「いや、分かるよ。分かってるよ」


「なんだ! 何が分かっているんだ!」

「もちろん、兄さんの絵のことだよ」


「じゃなんだ! 今の言葉は! 最初に言ったのはウソか? ウソなんだな?」

「違う! パリでは明るい色が好まれると言っただけだよ」


「結局お前は絵のことなんて分かってない。絵は商売道具じゃない。好み好まざるのために書くものではないぞ! これは芸術なんだ」

「そう……。そうなんだよ……」


「テオ、お前は間違ってるぞ! まるで分かっちゃいない!」


 フィンセントは怒気を放ちながら、自分のために用意された寝室に入り、思い切りドアを閉めた。

 残されたのはテオだけ。彼は大きく落ち込んだ。

 久々に会った兄フィンセントを怒らせてしまった。そして傷付けてしまったのだ。テーブルに突っ伏してしばらく動かなかった。

 ストレスに押しつぶされそうになったテオは立ち上がり、強いアルコールを持つアブサントを小さなグラスに入れて一気に煽る。


 途端に、咳が一つ。器官がゼロゼロと音を立てる。体に悪い飲み方だ。だが飲まなければ寝れなかった。テオは体をフラつかせながら寝室にたどり着き、ベッドに倒れ込んでそのまま眠りについた。


 何度も繰り返してきた兄の癇癪。愛が欲しいはずのフィンセントはこれで相手からの愛を失う。

 家族たちはとっくに愛想を尽かしてしまった。

 それは制裁──。

 まともであること。真人間で無ければ家族と認めないと。

 愛していないわけではない。フィンセントに普通を求めているのだ。これがフィンセントの個性なのに。

 これを失えばそれとともにフィンセントは繊細な画力を失うだろう。


 妹はテオに、もう兄フィンセントに援助するなと言ってきた。

 なぜそんなに家族に冷たく出来るのだろう。なぜなんだろう。テオは誰にも相談できず苦悩するしか出来なかった。

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