第84話 英雄の凱旋
バスターマンが地上へと向かう途中、街に電気が点き始め、地上が明るくなりだす。だが損害は大きい。日本は大変なことになってしまった。そこら中瓦礫の山だ。亡くなった方も大勢いるだろう。家や資産を失った人もいるだろう。
この悲惨な状況にバスターマンの胸が苦しくなった。
しかしバスターマンを迎えたのは歓声。ヒーローを呼ぶ声だった。
バスターマンが照れながらそこに降り立つと、テレビクルーが走って来てインタビューをはじめた。その周りではスマーフォンで彼を撮る人だかり。
バスターマンはこれを求めていた。人々の称賛、祝福、喝采。しかし初めてのことなのでこの上なく緊張した。
「我らがヒーローが今降り立ちました! ヒーロー! 宇宙船を追い払ったのですよね? あの~。お名前は?」
「えっと……バスターマン?」
長井英太は今まで何度もシミュレーションしていたのを忘れて、初めてのインタビューにガチガチだった。
観客の中にいた、顔がすすだらけの可愛らしいOLさんが噴き出したのでますます緊張した。
「バスターマンはどこから来たのですか? 宇宙人なんですか?」
「いえ……日本国籍を持つ日本人です」
こんな状況だというのに笑顔だらけのギャラリー。危機を救ったヒーロー、バスターマンに尊敬の眼差しが降り注ぐ。
「いや~。鈴生少年のUFO呼び出しからどうなるかと思いましたが、バスターマンのお陰で救われました! ありがとうございます!」
「あの……」
「はい! 何でしょうバスタードマン!」
洋一郎少年はたしかにこの甚大な被害を招いた。
しかしバスタードマンにしたら自分の恩人に違いない。洋一郎少年は自分の命をとして復活させてくれたのだ。
「その鈴生少年は自分の行為に責任を感じて、命と引き換えに私を呼び出したのです。私に力を与えてくれたのです。私だけの手柄じゃない。どうかみんなの心の中に刻んで下さい。みんな彼を忘れないでいてあげて──」
少し浮き上がっていたバスタードマンは寂しそうに地上に降り、その場から離れた。
宇宙船を呼んだ洋一郎少年を担ぎ上げた世の中も寂しい。洋一郎少年がしたことは褒められることではない。だが、自分だけ褒められるのは何か違うような気がしたのだ。
そんなバスタードマンを追いかけるものがいたが、物陰に隠れてそっと変身を解いたので誰も長井英太をバスタードマンだと思わなかった。
「さて……貰った命をどうしよう。家に帰っても良いのかな? それよりアパートは無事なのかな」
すると、長井英太のブレスレットのガイドボタンが点滅しているので、そこを押すと光りから、鈴村きゃんの映像が投影される。
「ば、ばか。こんなところで」
『大丈夫。誰も気付かないよ。“黒い箱”はもうどこかに行ってしまったよ。だから黒い箱はもう関係ない。もしも変身するなら私がナビゲートするから安心してね』
「帰ってもいいのか?」
『もちろん。あれから3ヶ月経ってるけどお部屋は大丈夫かな?』
「分からん」
『家賃滞納でお部屋がなかったらホームレスだね』
「そうかもな」
『世界を救ったヒーローなのに悲惨』
「ま、明日があるさ」
『そうね~。バスターマンの楽観的な考え好きよ』
「そうか。オレもキミが好きだよ」
『まぁ私はイメージだけどね。もしもオリジナルに会えたら同じこと言ってみたら?』
「そうさせてもらうよ」
『好きよ。バスターマン』
映像の鈴村きゃんの言うことは黒い箱の気持ちなのだろうか? それともオリジナルの鈴村きゃんの言葉なのだろうか?
分からない──。
彼は元のアパートへ向けて徒歩で帰って行った。
◇
世界の被害は甚大であった。
中でも日本は凄まじく、大都市が焼けてしまった。だが真面目な民族気質なのだろうか。少しずつ少しずつ復興、復活してゆく。
そんな日本を世界中が賞賛した。
危機から救ったヒーロー。
彼の映像はSNSで世界中に拡散され、バスターマンは有名人となった。休日は被害の大きな都市に現れて、もちまえのパワーで瓦礫を運ぶ姿が動画で撮影された。
世界を救ったヒーロー。バスターマン。だが変身する前の彼は冴えない男だ。
戻ったアパートに何とか部屋はあったが、今までの家賃は払わなくてはいけない。工事現場の警備の仕事が今の彼の仕事だ。時給1500円の派遣社員。
頑張れ。バスターマン!
時間がさかのぼる。黒い箱はそこにもあった。
弟は兄のために芸術の都パリへと来て貰うよう願った。
次回「テオと天才篇」
ご期待ください。