第8話 神様からの贈り物
黒い箱……。それは願いを叶える箱。だが、願いを叶える代償に、肉体の一部を差し出さなくてはならない──。
道で黒い箱を拾った女は何かのオモチャだと思ったが、形と色が気に入りバッグに入れた。
女の名前は富永瑞希と言った。彼女は明るく独り言を言う。
「ウチのモノトーンの部屋に合うかも!」
そう言って自分の部屋に帰り楽しそうに靴を脱いだ。
「さぁ! ミズキチャーーース!!」
瑞希は自分の名前にチャンスを入れて叫ぶ。そして一人暮らしをいいことに誰にもはばからず服を一枚一枚脱いで行き全裸になった。
「ルールは簡単! 今朝より体重が減っていれば固形の食べ物を食べれます。現状維持プラス今朝よりオーバーの場合はいつもの水無しサプリメントだけ! さぁ、運命の第一歩!」
誰もいない部屋だが、バラエティ番組の司会者のようにテンション高く説明したかと思うと、体重計に片足を乗る。
「昼休みにサラダチキンのみで少しウォーキングした結果はどうなんだぁ??」
さらにもう片足を乗せて、体重計の上に背筋を伸ばしてピンと立った。そして下を向きデジタルの数字が止まるのを待つ。
『55.4』
瑞希は深く深くため息をつき、うなだれながら体重計を下りた。先ほど脱いだ、まだ温もりのある服を着用し、冷蔵庫を開けてサプリメントが入った瓶の蓋を力無く開けて数粒飲み込む。そして冷蔵庫の扉を閉じた。
「あーー。美味しかった! ごちそうさま!」
一人しかいないのに大きな声をだした。彼女の性格なのであろう。元来明るい性格なのだ。
瑞希は冷蔵庫に磁石で留めている紙を見た。
『目指せ! 48kg! 到達したら告♡白』
と書いてある。瑞希の身長は166cm。体重が55.4ならば標準のそれ以下ほどだ。しかし、瑞希の目標はもっと低かった。
「吉井さん痩せてる方が好きだって言ってたもんな! へっちゃら、へっちゃら」
瑞希が思いを抱いている相手は会社の取引先の営業マン。名前は吉井である。
事務所で受付する瑞希はしょっちゅう吉井と顔をあわせ、好みを聞いていたのだ。
「あーーー! でも、ご飯食べたい! お肉食べたい! たいたいたたい!」
リズム良くテーブルを叩きながら願望を言う。そして、テーブルに置いたバッグを引っ張ると『黒い箱』を手に取る。そこには光文字が現れては消えていた。
「えーと。あなたの願いを叶える箱。代償に体の一部をいただきます? え~。そんなのあったら誰でも願い事言うじゃん。ナニコレ。へんなの~。ジョークグッズかな?」
『願い事をどうぞ』
「プ。バカバカしい。じゃぁ下っ腹の脂肪あげるから、ありったけのお肉出して頂戴よ。お肉」
瑞希の言葉に反応した黒い箱の表面に勢いよく光文字が現れた。
『Ai$09ちちちフフ55*#。いr瓶むら?#$FP!936◆そたフフ★溢蟹VuKaqスッ6』
瑞希はそれを見て、やはり安いオモチャだと内心思った。
「わ~! バグッた! アップルストアに修理出さないと。なぁんて。……ふふ」
瑞希がそう言うと、やがて意味不明の文字が消え次の文字が表示される。
『叶えられました』
「ん?」
その途端、テーブルの上にドサドサドサドサっと肉、肉、肉だ。牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉。それらの生肉の塊がテーブルを埋め尽くした。瑞希の目はまん丸くなった。
次いで、かの箱からレーザーが噴出し瑞希の下腹部に当たって、そのうちに消えた。
「え? ……なに? 今の──」
驚いて自分の腹に手を当ててみるといつもの弾力がない。
「え? ウソ!」
服をまくって見てみると忌まわしいたるみは消えて腹筋が浮いて出ていた。瑞希は驚いたが嬉しさが勝り、思わず箱に抱きついた。
「ああ~~ん! なんなの? これぇ~! 神様の落とし物? すごいラッキー! あ! そうだ!」
瑞希はまた全裸になって体重計に乗った。デジタルの数字が止まる。
『51.9』
瑞希は手を上げて喜んだ!
「うえーーーい! やった! うえーーい! すげーー! すげーー! 課長のウスゲーー!!」
楽しげに大はしゃぎ。途中で上司をディスったのはご愛嬌であろう。誰もいない部屋だ。そして、テーブルの上に置いてある肉を見た。当初は食べたい肉であったが恐ろしい量だ。見ただけで途方に暮れた。
「見ただけでお腹いっぱいなんだけど……。とりあえず一人焼肉でもすっか! オッス! オラ悟空!」
そう言いながら、脂肪分の少ない赤み部分を切り取って油も引かずオーブンで焼いた。もちろん赤みもノンオイルも太らないために。少しでも気を付けるのは生活の習慣となっていたのだ。だが食べたかったと言っても、普段余り食べないほうだ。150グラムほどでギブアップしてしまった。
「あー。マジもう無理。どうしようこれぇ」
冷蔵庫は空とはいえ小さく中には入り切らない。冷凍庫も同様だ。まだまだテーブルの上には肉があった。
「もう! なんなの!」
瑞希は豚肉で角煮を大量に作った。料理は得意だが、出てきた肉は全てブロック肉のため切るだけでも大変なのであった。鍋に入れる頃には深夜の三時になっていた。
「やばい! とろ火なら大丈夫だろうから、このまま寝よう」
睡眠を取らなくては次の日の業務に支障が出るということで鍋をかけたまま就寝。
朝、目覚ましの音で目を覚ますと部屋には角煮の甘い匂いが充満していた。
「うあー。匂いでお腹いっぱい」
瑞希はそれを大きいタッパーに入れ、それが入る大きめのバッグに入れた。そして、ヨタ付きながら部屋を出ると隣人の男性と出会った。歳の頃は同じくらい。互いに会うと挨拶するぐらいの関係だった。
隣人の名は成田といった。
「あ。おはよーございまーす!」
「わ。おはようございます。富永さん、すごい荷物ですね」
成田の言葉を受けて瑞希は続ける。
「そうなんですよ……。会社に持って行こうと思って。あ! 成田さん、お肉食べれます?」
「ああ、大好物ですよ!」
「あ、じゃぁ、ちょっと待ってもらえます」
「ああ。大丈夫ですけど……」
瑞希は一度部屋に引っ込んで、塊肉をラップで包んで彼に渡した。
「えーー! なんですか? この大量お肉!」
「えへ。買いすぎちゃって。おすそ分けです」
「マジすか! 超ラッキー! あ。しまってこないと!」
そう言って、隣人成田は部屋に戻る。瑞希はそれを確認すると大荷物を抱えながら、会社に向かって行った。