第77話 好きな人
洋一郎少年が学校へと向かう。
昔はうつむいて、気配を消しながら歩いていたが、いまではどうどうとしたものだ。胸を張って道の真ん中を歩くことのなんと気持ちのいいことだろう。
自分には力がある。人にない力。人知を越えた力だ。結果と自信が彼の気持ちを前向きにさせていた。
その洋一郎少年を呼びかけるものがいる。
「鈴生くん」
「あ。お、おう。剛内……」
「すごいね。有名人。テレビにもでちゃって。スクランブルの大郷くんにも会えた?」
「ああ、大郷ね。大郷 祥。局の廊下で遠目に見たかな?」
スクランブルは男性のアイドルグループだ。小中高生に人気が高い。邑川裕も所属しているグループ。
大郷 祥はおっとりとした感じだが、その優しい感じが受けている。オカルトが好きなのか、オカルト番組にもゲストで呼ばれたりもしていた。
剛内と呼ばれた少女は彼のファンなのであろう。目を大きくして声を上げた。
「うそー! マジ? 今度写真とってよ。写真」
「あ〜、そんなヒマないよ。いつも早足だし」
「そ〜か〜。そうだよね〜」
洋一郎少年はこの剛内という同級生の女に好意を持っていた。
彼女には普通の可愛らしさがある。陽気で美人で目立つ存在。洋一郎少年に限らず、誰にでも話しかけてくれる。愛嬌のある少女なのだ。
洋一郎少年はいつしか彼女に夢中になっていた。歩く姿を目で追いかけ、話しかけてくれるよう近くにゆく。どうにかして彼女の心を振り向かせたかったのであった。
だからこその見えない力。尊敬を集める為の。
そして都合のいいことに、彼女はUFOの件を話しかけて来てくれるようになった。
剛内だけではない。他の生徒たちも洋一郎少年に対し、少なからず関心を持っていた。
見えない力。
宇宙まで及ぶ力のことを。
うらやましい。という気持ちがあるものもいたかもしれないが、その大半は実はそこまでヒマではない。
他の遊びに夢中になっている。勉強や部活に励んでいる。
洋一郎少年の能力にだけ集中しているわけではない。ただ彼を見かけた僅かな時間だけ洋一郎少年と話すといった程度なのだ。
だが洋一郎少年はみんな自分へ関心を寄せていると、遮二無二UFOを呼び続けた。
体毛を代償に。
すでに彼の両足、両腕は女性のようにツルツルになっていた。
剛内の前ですぐに指を指せば飛んでくるように、通学鞄の中に黒い箱を忍ばせ、偶然を装い大空にUFOを登場させることもした。その度に関心の声を上げる彼女。
これをどうしても自分のものにしたかった。
洋一郎少年は自宅の自室にこもり、鏡に向かって話しかける。その横には黒い箱が無造作に転がっていた。
「シガニー星の賢者からお告げがあったんだ。君は僕と結婚しないと幸せな未来になれない」
『www www』
「なんだよ。笑うな。こんな台詞でどうかな? 彼女付き合ってくれるだろうか」
『さぁ』
「無責任だな。ちゃんと答えをくれてもいいだろ?」
『願い事を言ってください』
「彼女の気持ちを知りたいんだ。どのくらい体毛が必要だろう?」
しかし警告音。その音にドキリとする。聞き慣れているはずなのに。残っている体毛ではその願いは叶えられないようだ。
「UFOは呼べるくせに、人間一人の心は読めないのかよ」
中学生らしく、他人をののしることには遠慮がない。
彼はそのままベッドに倒れ込むと、テレビ局から電話だと親に言われて気だるげにリビングに向かう。自分は有名人だ。こうしてテレビ局だって面会を求めてくる。
洋一郎少年は保留のボタンを解除してその電話を受けた。
「あ、鈴生洋一郎くんでしょうか? 私は○○テレビ局の安座と申します。いつも大変お世話になっております〜」
「あ。はい。どうもです」
安座は洋一郎少年の出演した番組を数回プロデュースした男だ。
洋一郎少年も面識がある。今回もUFOを呼び出してほしいということだろうと思った。
「実はですね、今回の企画は鈴生くんのUFO呼び出しが嘘八百だと言い張る知識人が何人かいてですね、それをやっつけるって企画ですね」
「はぁ……。どういうことですか?」
「今までのVTRを利用して、鈴生くんのやってきたことを再度放映します。その後で、知識人との論戦ですね。向こうから、それはウソだってのを鈴生くんが打ち負かしていくっていう」
「はぁ、なるほど」
「どうですか? 相手は大人ですけど、できますか?」
「もちろん。UFOは事実存在するんですから、目の前でそれを見ればウソもホントもないでしょう」
「ですよね〜。では出演オーケーということで」
「はい。大丈夫です」
「では後ほどFAXで日時を送信しますんでよろしくお願いします」
「はい分かりました」
論戦。知識人との戦い。
だが洋一郎少年は自分自身に自信を持っていたのでそれを軽く受けた。そしてまたテレビに出れるというのが嬉しかった。
彼女に宇宙人のお告げというウソをつくよりも、賢い大人を負かせればそちらの方が効果が高いと考えたのだ。