表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
女とアイドル篇
68/202

第68話 征服

 茜音は、部屋で一人待つ裕のことが気になって仕方が無かった。

 仕事は一生懸命やっていたが、定時となると仕事を整理しタイムカードを切ってすぐに帰宅の路に付いた。途中、ハンバーグの弁当を買った。今日はデミグラスソースにさらにチーズがかかったものだった。

 裕はきっと喜ぶ。そう思い微笑みながら弁当の袋を下げて部屋のドアを開けた。


 その途端驚いた。部屋の様子が一変している。

 スクランブルカラーがない。ただの白亜の壁紙だけ。そして巻き散らかっているポスターの残骸。

 これには茜音も怒った。キッチンに荷物を置いて、走って寝室に来ると裕が寝ている。


「裕! 起きなよ!」

「……ん……。ああ……。アカネ、おかえりぃ」


 いつものあどけない寝ぼけた顔。だがこの部屋の様子はどうだ。


「裕! なんでポスター破ったの! 大事なものなんだよ!」


 そう言ってポスターの残骸を指差して叱りつけた。だが、裕はゆっくりと立ち上がり、ベッドの上から茜音を見下ろした。


「──アカネ。どうして? なんでゆーたんじゃない男の紙を貼ってるの? そして、こいつゆーたんに似てる。こいつ誰なの?」


 圧倒的な威圧感を感じた。まるで肉食獣に狙われた草食獣だ。茜音は自分が怒っていたのにたじろいでしまった。


「これは……。この人は……」


 裕はベッドから飛び降り震える茜音を抱きしめた。


「いいよね。こんな紙なんて。アカネにはゆーたんがいるもん」

「あの……。でも……」


 裕は茜音をキツく、キツく抱きしめてもう一度聞いた。


「いいよね。アカネ。こんなのただの紙でしょ?」


 そう言ってキツく壊れるほど抱きしめる。茜音は息を吸うのすら苦しくなってしまった。


「コホ! わ、わかったよ」


 苦しくてつい、咳を吐き出した。そして裕に返答すると、裕は嬉しくなって茜音を腕の戒めから解いて口づけをした。


 突然のことで茜音は狼狽したが、裕の口づけに次第にうっとりとした。裕は名残惜しそうに唇を離す。茜音も伏し目を開けて裕の顔を見た。愛しい男の顔がそこにあった。


「……そーだね。もうこんなの不要だよね。捨てちゃおう。捨てちゃおう」


 そういいながら家庭用のゴミ袋を取り出して丸めて中に入れた。裕もそれを手伝う。二人で微笑みながらゴミ掃除だ。

 ポスターで固められていた部屋だったが室内の照明に白い壁紙が反射してとても明るくなった。


 茜音は思った。二人の同棲生活をスタートさせるのにとてもいい雰囲気の部屋になったと。


「んふ。裕のおかげで凄くキレイになったね」

「ホント?」


「ホントだよ~」

「えへへへへ」


 今はまだ知性は幼児程度だ。だがとても可愛らしい。愛おしい。茜音は裕に向かって微笑んだ。裕もそれに微笑み返す。そして茜音の手を取り、強く握った。


「あ」

「ふふふ」


 そう言いながら、裕は茜音の手に口づけをした。


「ああん。もう。裕ったら~」

「あ~。アカネ~。ゆーたん、お腹空いちゃったよ~」


「あ! そうか!」


 茜音は、キッチンに食事の準備をしだした。裕は喜んで手を叩いた。


「わぁ! わぁ! ハンバーグ? なにこの白いの! ゆーたん、普通のハンバーグがいいなぁ」

「ふふ。これも美味しいんだから」


 裕はチーズを見たことがないので驚いた。最初に二、三度フォークでつついていた。フォークの先についたチーズが長く伸びる。それにも驚いて思わずフォークを放してしまった。その様子を茜音は笑いながら見ていた。

 一口大に切った肉とチーズをフォークに乗せ、匂いを嗅いだり、舐めてみたり。

 覚悟を決めて口に入れて震える。


「おいちーー!」

「ふふ。そうでしょう」


「これ、おいちい! おいちい!」


 そう言いながらあっという間にペロリと食べてしまった。

 そして昨日と同じように──。


「もっと食べたい」


 おねだり。裕にはこの量では少し足りないのかもしれない。茜音には勝手が分からないのだ。初めての同棲生活だ。昨日もそう言われてたことを思い出した。


「ゴメン。明日は大盛りにするから」

「やだ! 今食べたい!」


 そう言いながら、少しばかり癇癪をおこし開いた弁当の容器を茜音に放り投げた。容器に入っていたソースが床や女の服を汚した。

 これは小さい幼児だと思っても、目に映るのは成人男性だ。そう思うとやはり許せない。


「なにすんのよ!」


 茜音は裕の頬に平手を打った。久しぶりに叩かれた裕は驚いて頬に手を当てて固まってしまった。


「あ。ゴメンね。裕」


 茜音はすぐに詫びたが、裕は真っ赤な顔をして泣き出した。泣きながら両手を振るって暴れる。それを止めようとした茜音の頬に手が当たり茜音は床に倒れてしまった。




 裕の元となったスクランブルの邑川裕は筋肉質の男だ──。この歳になるまで鍛え上げられた肉体。それを裕は引き継いでいる。か弱い女性を一薙ぎにし、床に倒してしまう力は最初から持ち合わせていたのだ。




 裕は自分の力に驚いた。だが、この征服感。

 自分を力で言うことを聞かせようとした相手を自分の力でねじ伏せたのだ。


 ハッキリと分かった。

 自分は強い。茜音は弱い。


 茜音が自分自身に暴力で従えようとしたように、裕は茜音に命令した。


「早くもっとチーズ買ってきてよ。ゆーたんお腹空いちゃったんだから」


 裕は茜音の腕をとると、痛いように強く締め上げたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ