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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
女とアイドル篇
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第60話 アイドル虐待

 邑川裕は床に転がって泣き続け、茜音はそれを押さえつける。


「うるさいんだよ! オマエは!」


 その剣幕に一度だけ泣き声は止まったが、それは一瞬だけ。怖い顔の茜音を見てまた大泣きだ。


 茜音は、黒い箱から出てきた邑川裕の腕をつねり上げた。自分が対価を払って作った『ニセモノ』だ。人間じゃない。

 例えつねり過ぎて腕の皮が破れたところで問題などどこにもないと茜音は思っていた。


 だが裕は黒い箱から出たものの生きている人間だ。苦悶の表情を浮かべてまた火がついたように泣きだす。


「黙れよ! 黙んなきゃもっとつねるぞ!」


 泣くたびに腕をつねり上げる。その度に裕は吠えるように泣く。

 その内に、床が濡れてゆく……。


「……なに? 濡れてる……」


 茜音はその液体に触れて匂いを嗅いだ。

 その正体がわかり、裕の顔を思い切り殴りつけた。


「この野郎! ションベン漏らしやがって!」


 茜音は近くにあったティッシュ箱をとって、裕の頭を殴った。


「自分で拭けよ! このションベン漏らし!」


 そう言って、ティッシュを裕の前に置いた。

 自分はテレビの方へ。スクランブル特集の生放送。レコーダーにも録画しているが、生で見たい、後ろでグズグズ泣いている裕に、たまにスリッパを投げると黙るのでテレビの特番の最中はそうしていた。


 番組が終わって後ろを見るのが嫌だった。

 あのグズの裸男がまだ床の上でもがいているのだろう。想像がつく。だが、あの男の小便が床にしみてしまうのも嫌だった。


 裕はまだハイハイもできない。当然床を拭くこともどくこともできない。

 茜音は仕方なくティッシュで床を拭いた。


「だぁ……」


 裕の満面の笑みだった。茜音のよく知っている笑顔。茜音の胸がドキリとなった。


「……ふぅん。あんたが裕か……。私の恋人──」


「だぁ。だぁ」


 裕は一つ寝返りをうった。ハイハイしようとしている。

 しかし、長い手足をコントロールするのが難しいのか、床がまだ湿っているのか、滑って何度も体を打ちつけた。


「はぁ……面倒だよ。こんなの……」


 そう思いながら黒い箱を見る。


『知性を上げればすぐにでも邑川裕と同じになりますよ』


 茜音はまたもムカついた。茜音にとってこちらは対価を払っている客だ。説明が不十分。この店はなんだ? というレベルなのだ。


「さっきから、アンタなんなの? 人の内臓取るだけ取って、出てきたのは粗悪品。そして今度は知性をあげろ? そんなもんサービスでなんとかしろよ!」


『できません。先ほどの対価ではコピーの邑川裕で精一杯。知性は知性で別の対価を頂きます』


「バカバカしい」


 茜音はそう言って黒い箱から視線を反らした。

 そして裕の方に視線を戻すと、フラフラになりながらだがハイハイのポーズになっていた。

 だが、今の裕は裸だ。全てが丸出しだ。茜音はしばらく彼の肉体を見ていた。


 ライブでも半裸になるが、素晴らしい肉体なのだ。厚い胸板。割れた腹筋。背中も鍛えられて盛り上がっている。そんな彼の肉体美も好きだったのだ。

 それが今、下半身も丸出しだ。


 茜音は『ニセモノ』の肉体美を見て感心してしまった。


「脱いだら脱いだでやっぱり裕はカッコイイんだね」


 そのうちに、裕は楽しそうに「だぁ。だぁ」と言いながら部屋の中をハイハイしだした。男性なので股間には大きく揺れるものがある。


「でもなんか変態だなぁ。裕がこんなことするなんて幻滅だよ」


 しかし仕方がない。裕はまだ形成されたばかりで赤ん坊なのだ。これでも急成長している。

 そのうちに裕の動きがピタリと止まって、尻がプルプルと震えた。


「ま、まさか!」


 排泄音とともに汚物が吹き出してくる。それは部屋中に広がって家具にもかかった。運の悪いことにDVDやレア本が入っている本棚の方を向いていたためにそれにかかってしまったのだ。

 茜音はムカついて裕の腹を蹴り上げた。


「何するんだよ! このクソ漏らし!」


 裕は転がって泣いた。

 茜音は無抵抗な裕を蹴り続け、浴室に引きずって行って、浴室の床に放り投げた。冷たい固い床。

 しかも急いでフローリングの床を引きずったために体中が火傷だらけになってしまった。


 茜音はトイレットペーパーを持ってきて、泣きながら汚れた場所を拭いた。

 そして、黒い箱を掴みあげた。


「オイ。クーリングオフだよ。返品! あんな粗悪品掴ませやがって!」


 と怒りをあらわにした。


『キャンセルですね。内臓は戻りませんがかまいませんね?』


「はぁ? 法律でもちゃんと返品は効くはずだけど?」


『私に法律は関係ありません』


 浴室では大声で泣いている裕の声が聞こえる。

 茜音の手にはおえなかった。だが内臓が戻らないなんて大損だ。事故もケガもしてないのに、ただ内臓を抜かれたなんてあんまりだ。一円にもなっていない。


『ちゃんと育てれば邑川裕に育ちます。以前のお客様でもアイドルをちゃんと育てた方がおりました』


 黒い箱は成田隆一のことを言ったのだ。彼はちゃんと育てた。この女も育てるべき。そういう考えがあったのかどうか定かではない。

 だが、茜音は拒絶した。


「私を包んでくれるアイドルのユタカが欲しいんだよ! みんなの憧れで、都内に大きなマンションをもって、ライブで得た収入の半分を寄付に回す、そういう優しいユタカが欲しいいんだよ! なんなんだよ! あれは! 一銭も持ってなくて、私に育てろ? 金はどうするんだよ! 金は! ライブにも行けねーじゃねーか!」


『私の作ったものは本物です。寸分の違いありません』


「何がだよ! 本物はさっきテレビに出てたじゃねーか! 私は本物のゴッホの絵が欲しいっていうのにアンタはレプリカを本物同然って売ってるだけ。唯一無二の邑川裕をだせよ!」


 茜音は怒って黒い箱を掴んで壁に投げつけると、ゴム鞠のように跳ね返った。茜音は跳ね返ったものを床の上で踏みつけた。


「ホントに腹が立つ。もうこんなのいらねぇや!」


 そう言って黒い箱を掴んで、燃えないゴミの袋に投げ込んだ。

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