第6話 身を削って
悠太は部屋にたどり着き、しばらく立ち尽くした。彼女の言葉。ルカの父親を救う──。
「2500万円……」
ぼんやりと独り言を言うと同時に黒い箱はほのかに光っている。待っているように。悠太は意を決して黒い箱に願った。
「チクショウ! 日本円で……、日本円で2500万円欲しい!」
そう叫ぶと、やはり黒い箱が反応を示す。当たり前のように。
『代償は?』
悠太は躊躇無く応えた。
「右足の小指」
足の小指は今では不必要とされている。爪がないまま生まれてくる子供もいるくらいだ。将来人間は進化して足の小指がなくなるのも近い……と言う話しを聞いたことがあった。
黒い箱はいつもの光文字を表した。査定価格は『148万円』だった。
低すぎる──。全然届かない。足元を見られている気分だ。
ついで左足の小指提示すると、これは右足と少し減って『133万円』だった。基準がまるでわからない。
悠太は続けて不要と思いつく体の臓器を提示した。脾臓、精巣の片方、腎臓の片方まで提示した。
結果『1499万円』普通なら飛び上がるほどの金額だ。しかし、悠太は叫ぶ。
「足りないぃぃッ!」
頭を激しく掻きむしる。目を血走らせ、地団駄を踏む。
大事な臓器を提示しているのにも関わらず。まだ一千万も足りないのだ。一千万など稼ごうと思っても簡単に稼げるものではない。
だがもう、提示するものがない。必死になって考えると肺の片方や肝臓も半分でもいいと言うのを思い出した。
目標まであと一千万。ここでヤメることなど出来なかった。
「肝臓は? 肝臓の半分も提示できるのか?」
『できます』
「ちゃんと生きれる範囲で取るのか?」
『当然です』
「いくらだ?」
提示額は『236万円』。計算すると合計1735万円。まだ足りない。まだ全然足りなかった。
「肺は? 片方の肺だといくらだ!?」
箱の提示額は『681万円』。合計2416万円。
もう少し──。もう少しなのに。
「頭髪! 頭髪は?」
箱の回答は『21万円』。今までの体毛よりは高いがまだ足りない。しかし、表に出ている部分は高いのかと思った。
「……眼球は? 左目はいくらなんだ?」
箱は提示した最高額の『899万円』。
あふれた。逆にあふれた提示額。肺をキャンセルすることも出来る。だがルカと結婚式もしないといけない。悠太は箱を鼻先に近づけて叫んだ。
「ああ、クソ! もう、使わない! この箱、もう二度と使わないぞ! これで最後だ! 最後にする! いいか! 今言った体の部品で出せる金、全部出せ!」
黒い箱は、トゥンと高い音を鳴らした。『しばらくお待ちください』と表示して、文字が動き出す。
『Ai$09ちちちフフ55*#。いr瓶むら?#$FP!936◆そたフフ★溢蟹VuKaqスッ6』
不規則な文字。何度も見ている文字。悠太の顔に脂汗が流れる。命を削って金を作る。苦労せずに得れる大金。それがもうすぐ。もうすぐ──。
さっさと通り過ぎてほしい。早く解決したい。死刑台に上るよう。この僅かなはずの時間がとても長く感じられた。
『叶 え ら れ ま し た』
白い光とともに目の前に札束が重ねられてゆく。しめて3336万円。悠太の全身にいやな汗がだらだらと流れた。
箱から赤いレーザーが飛び出す。頭から足の先まで光は照らし続けた。時間にすれば10秒ほどだったかもしれない。しかし、悠太には1時間にも2時間にも感じられた。
光が止まった──。
痛くもかゆくもない。しかし、左側が暗い。バランスが分からない。頭に手をやるとツルツルだ。悠太は無言でキャップを深くかぶった。
足を見てみる。ものの見事に小指の部分がツルンとしていた。
悠太は泣いた。こんなこともう二度としない! マークシートの宝くじをしていたほうがましだった。鏡なんて見れない。
悠太は部屋の窓から黒い箱を投げ捨てた。
捨ててもまた戻ってくるかもしれない。だが悠太の意思の表明。決意の表明だった。手元にあるから使いたくなる。甘えたくなるのだ。
もう二度と使わない。ルカと幸せになる。これからの人生、失える体の部分はない。
悠太は部屋を出た。まっすぐ恋人ルカの部屋に向かっていた。彼女の部屋のドアを叩くと、ルカは顔を出した。
「あれ? ゆうくん?」
悠太は顔を伏せていた。パーカーのフードを深く被って影を作り、ルカに見えないように。
「これ。金」
「え?」
「とりあえず、今日はそれだけ。じゃ、また……」
悠太はそう言って、ルカに2500万円入った紙袋を渡し、その足で眼科に行った。義眼を作るためだ。そして、植毛の手筈もとった。その間、ルカから何度も着信、ラインがあったが忙しくて見ることもできなかった。
部屋に戻って意を決しようやくルカに連絡した。ルカは泣きながら何度も「ありがとう。ありがとう」と繰り返していた。
悠太は「しばらく会えない」と伝えた。当然だ。そこまでの気持ちのモチベーションが上がらない。まずは目。まともに見られる顔になりたい。義眼が届くまで会わないと決めていたのだ。