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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
女とアイドル篇
58/202

第58話 だらけた女

 黒い箱……。それは願いを叶える箱。

 だが、願いを叶える代償に、肉体の一部を差し出さなくてはならない──。






 大都市の大きなマンション。その7階の一室に明かりが点いている。

 そこには女が住んでいる。歳の頃は20代前半。美人と言うほどではなくよくいる一般的な顔立ち。生活はそれなりに普通のようだ。

 女は満足そうにため息をついていた。


「ほぅ……。邑川(むらかわ)(ゆたか)様……。もうたまんなぁ~い!」


 視線の方向にはテレビ。擦り切れるほど見たライブDVDを視聴していた。そこにはアイドルユニット「スクランブル」の「邑川裕」がいた。

 スクランブルは歳は若いが歌や踊りに定評がある5人ユニット。


 その中の一人である邑川裕。アイドルだけあって顔だちがよい。ライブ中、上半身裸となって自慢の筋肉美をさらしている。性質も温厚で男女ともに人気があるのだ。


 女のマンションの部屋の中は邑川裕やスクランブルのポスターだらけだ。今まで行ったライブのチケットを貼ったコルクボードもあった。


 DVDを見終わると、すぐにスマホを手に取る。次のライブのチケットをオークションサイトで購入するつもりだ。


「うん、食費をちょっと切り詰めて……。水道代は未納でもいいだろ……」


 裏サイトにまで手を出してチケットを手に入れるのだ。

 このアイドルグループにはそういうファンが大勢いる。アイドルたちがチケット転売はダメだと自ら訴えてもヤメないものがいるのも現状だ。


「週末は福岡だな」


 チケットは無事に取れたようだった。

 女は今度はそのアイドルユニット「スクランブル」の曲を聞きながら眠った。

 それが彼女の一日──。




 次の日、女は会社へ行き部長の席に来週の月曜日を休む届けを提出した。ライブが終わってそのまま福岡に一泊して落ち着いてから帰るつもりだ。


 部長は少しイヤな顔をしたが休むことは権利として認められている。届け出に判を押し、机の中にしまった。後ほど部長自ら総務に届け出を提出するのであろう。


 女の届けは無事に受理され、小躍りしながら給湯室に向かった。他の社員のお茶を点てるのだ。別に大層な仕事ではない。


 乾燥された茶葉を急須に入れお湯を入れれば出来上がりだ。それぞれの茶碗にお茶を注いで席に持って行くだけだ。

 女は始業してから一時間ほどかけてそれを行った。そして、同じ課の人間とおしゃべり。こうして彼女の午前中は過ぎて行く。


 午後も午後でだらだらと過ごした。

 女に仕事を渡しても大して効果がないことを知っているので、上司も仕事を振らない。女は会社のパソコンでスクランブルの動向やニュース等をチェックしていた。



「あ~。また仕事してませんね~」


 後ろから声をかけられ、振り返ると同期の大谷という男性社員だった。同期と言うことでそこそこ仲はいい。大谷は女に好意をもっている。

 だが女はこの大谷に大して興味はなかった。なぜならアイドルの邑川裕に夢中なのでそれに比べれば仕事ができ、少しばかり男前くらいなどどうでもよかったのだ。


「何? 仕事の邪魔なんですけど」

「でしょうねぇ……」


 とパソコンのモニタを指差した。スクランブルの情報サイトだ。


「仕事してるフリでしょ? 給料ももらったフリにして下さいよ? それだったら」


 女はムカついた。この男にそこまで言われる筋合いはない。


「なんなの? マジムカつくんですけど」

「おーこわ」


 大谷はにこやかにそう言うと仕事に戻って行った。だが、女の心はイラついた。大谷のことを心底ムカつくと思った。

 同期と言うだけで馴れ馴れしい大谷を少しばかり嫌っていた。


 週末。女はスクランブルの福岡でのライブを楽しんだ。席は中央ほどだったが、たしかに見た。邑川裕だ。

 彼と視線があったなどと思い込んでいた。その思いを胸に福岡のホテルで一夜を明かした。


 次の日、ホテルをチェックアウトしのんびり観光していた時だった。


「あれ? なんだろ。これ……」


 黒い箱だ。光沢から察するにプラスチック製なのだろうか? 目立たない道の脇にポツリとあった。

 女はそれを手に取った。その途端、黒い箱の表面に光るような文字が現れる。


『あなたの願いを叶えます』


「え?」


 驚いて女は箱を手放すと、ボソッと音を立てて草むらの中に落ちた。


「はぁ、ビックリした。急に起動するんだモン」


 そう笑いながらもう一度箱を拾い上げた。


「ふーん。子供のオモチャかな? 結構高そうだね。買い取り屋に持って行けば500円くらいになるかな?」


『オモチャではありません』


「ん?」


『この箱はあなたの願いを叶える箱。あなたの体の一部をいただき、それ相応の願いを叶えます』


 女は怖くなり捨てようと思った。


 だが、思い直した。願いを叶える……。


「どんなことも?」


『もちろん。しかし体の部品によっては叶えられないこともあります』


「へー……そうなんだ……」


 女は辺りを見渡し、箱をバッグにしまい込んだ。そして観光そっちのけで家へ帰って行った。


 新しい黒い箱の持ち主は薮木(やぶき)茜音(あかね)

 茜音は黒い箱に何を願うのだろうか?

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