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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
袁公路と仲王朝篇
55/202

第55話 封禅

 かくして袁術は建安2年の正月に国号を“(ちゅう)”とし、寿春を都と定め皇帝に即位した。

 洛陽の都にあった宮殿をまね、文武百官を定め、頭には平天冠(へいてんかん)という玉すだれが前後あわせて24本もつく皇帝のみが許される冕冠(べんかん)を被り、五本指の竜が刺繍された金色の衣服を纏った。


 袁術は踊らんばかりだった。


 自分は天下の主だ。漢の命運は尽きた。国民はみなこの皇帝袁術に集うことだろう。


 そうなったら!


 こうしてはいられなかった。もっともっと宮殿をきらびやかにしなくてはならない。軍隊も輝く鎧を身につけさせ規律を整えねばならない。


 文武百官たちも鳳凰のお告げを聞いた。黒い箱の演出であったが効果は絶大であった。


 袁術についていけば間違いない。この方は本物の皇帝になるのだと……。


 しかし、それが、100日、200日。宴会に注ぐ宴会だ。

 皇帝自身はちゃんとした政務をとらなかった。


 これはおかしい……。

 なにかがおかしい……。


 酒で緩んだ目をしゃんともどして袁術を見てみれば、さっぱり皇帝の光はない。周りの諸侯は服すことなく、しかも領地は日照り続きの大不作! これが本当に選ばれた天子なのだろうか?


 ……目が覚めた──。

 そこで家臣が一人減り……二人減り──。


 だが袁術の豪奢は留まることはない。後宮に何百人もの美女を集め、みなに魯縞(うすぎぬ)を纏わせた。だが、まだ足りない。後宮には三千人いないと……。三千人の妻を持ちたい。それには金がもっともっと必要だ!


 良民から税金を絞りに絞り集めた。国には怨嗟の声があがり、人望は全くなくなった。


 袁術が、内政面にも外交面にも力を入れなくなって、周りの情勢も徐々に危なくなっていった。

 孫策(そんさく)はこの逆賊に絶縁状を送り、周りには曹操や劉備といった反袁術軍に囲まれていた。


 しかし、袁術は平気の平左だ。この仲帝国は寿春に限らず、全土に広がっていると思っている。


 何しろ黒い箱が叶えた夢だ。


「ふふ。紹も曹操も劉備も孫策も何を恥じらうことがある。(ちん)(皇帝の自称)の元にくれば、大臣の位をやるというのに……」


 その横には若くて美しい女が何人も(はべ)っている。


「それは陛下のご威光を恐れているのでございましょう」

「そうですよ。さぁ、陛下の好きな遊びをいたしましょう」

「うふふふふふ」


「ん~? そうかぁ?」


 淫獣の巣だ。

 遊興、淫蕩(いんとう)、酒池肉林。

 (とろ)けて、砕けて、壊れてゆく。


 もはや正常な判断ができる人間ではなくなっていた。


「そ、そうじゃ! 忘れておった!」

「いかがなされましたか? 陛下」


「この国を治めた聖天子なのじゃから、封禅(ほうぜん)をせねばなるまい!」


 封禅とは、この国の霊山である泰山(たいざん)にて、皇帝が天地(あめつち)を祀ることである。

 それが出来るのは聖天子だけ。


 袁術はすぐに文武百官を招集して、封禅のやりかたを調べさせようとした。

 しかし、大臣たちは“ウッ”と息がつまった。


 皇帝は忘れている。この周りは敵だけだ。

 泰山があるのは、この(ちゅう)の東にある“()”の方だ。袁紹も曹操も劉備もいる……。


 しかし、袁術は気にしていない。

 完全にバカになってしまっている。


「中継地点に陳留で宿を通ろう。さっそく劉寵(りゅうちょう)に使いを送れ」


 そう言って身をひるがえすと、頭の冠にある(たますだれ)が見事に揺れる。

 命令された重臣たちは困ってしまった。しかし、命令であれば使者を送らねばなるまい。


 それに、陳留におわす劉寵どのは中立なお方──。皇帝に悪心はないかもしれない。いっそのこと、この悪化した財政に少しばかり援助を申し込んでみてはどうだろう?


 泰山にいくための宿を貸せというよりはよっぽどましかもしれない。

 重臣たちは使者を飛ばした。

 だが、劉寵の臣である、駱俊(らくしゅん)が使者の書簡を見るなり一笑して帰した。


 この駱俊という男は周りを、曹操、呂布、袁紹、袁術に囲まれても大丈夫なように富国強兵に国を整えた剛の者、智謀の士だ。


 偽皇帝の袁術ももう長くはあるまい。駱俊はそう思った。


 使者は(ちゅう)に戻り、大臣に不振に終わったことを伝えた。そこにちょうど袁術も居合わせた。


「なに? 駱俊のような不忠者は殺してしまえ!」


 そう言って、刺客を差し向け、駱俊、並びに劉寵も暗殺してしまった。袁術は空っぽになった陳留に進み、そこから泰山に向けて発進しようとした。


 だが、皇帝の進路を軍勢が阻んだ。

 前が詰まっているので、袁術は四頭だての青蓋(せいがい)の車の中から周りの者に尋ねた。


「何事か?」

「は、はぁ……。何でも漢の車騎将軍の旗の様です。曹操の軍勢です」


 袁術はニヤリと笑った。


 とうとう、漢の主要人物である曹操が降伏してきた。あの男はなかなか賢い男。漢などにつかず、この(ちゅう)に軍勢を引き連れて降るとは……。なかなか感心であるな。と思った。


 曹操は名声も高く、彼のものが降れば自ずと天下のものも降るであろう。袁術はほくそ笑んだ。


「よいよい。では曹操に目通りを許そう」

「いえ……あの……」


「……どうした?」

「曹操が繰り出した将によってすでに我が軍の前線は破られております……」


「なんと言いやる!」


 袁術は驚いた。曹操が自分の軍隊を攻めている? まさか……。これでも曹操は旧知の仲だ。それがこの仲皇帝を攻めているだと?


 わぁあ! わぁあ!


 という怒号が徐々に近くなってくる。袁術配下の頼みの大将たちが、青蓋の車を囲んだ。


「陛下! ご下知を!」


 袁術は茫然としていた。曹操の猛攻だ。土煙が空を覆って青天が陰って来た。


 なぜだ? 箱の力はどうなった?

 箱は……。箱は……。


 将たちは槍を持ち、馬に乗り込んだ。


「陛下! いかがいたします! 退きますか!?」


 袁術はもはや泰山にむかうどころではなかった。

 将たちに向かって力無く命令する。


「大将軍、橋蕤(きょうずい)に加え、李豊(りほう)梁綱(りょこう)楽就(がくしゅう)の三将は曹賊(そうぞく)の侵攻を食い止めよ!」


 そう言って自分は都の寿春を指して退き上げた。

 残された四将は、皇帝の青蓋に曹賊を近寄らせまいと必死に戦って戦死した。

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