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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
男と監禁篇
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第48話 ニセモノ

 幾朗が職質を受けた後、急いで別荘に帰る。その車のエンジン音を、きゃんと黒い箱は部屋の中で聞いていた。エンジン音が止まり、玄関が開く。

 きゃんは幾朗が帰って来たことに驚いて怯えた。


「お母さん、どうしよう! あの男にこの部屋に入るなって言われてるの!」


『はーん。あの男は遺体がある部屋と殺人を犯した部屋をアンタに見せたくないって分けか。人間ってのはつくづくバカだねぇ~。死臭は出しても部屋の中身は見せたくないってのか。救い難いよwww』


「ちょっと! 笑ってる場合じゃないでしょ!」


 幾朗の足音が早い。階段を駆け上って来る。おそらく、きゃんを強引に車に乗せて逃げるつもりなのだ。


「どうしよう!」


『アンタ、私の娘でよかったね~。普通ならロハではやらないけど特別だ。母さんに任せときな』


 きゃんはそれにうなずくしかなかった。


 幾朗はきゃんの名前を呼びながら部屋のドアを開けた! しかし、きゃんの部屋にきゃんがいない。見ると祭壇の部屋が開いている。幾朗は驚いて、祭壇の部屋に入った。


「きゃんちゃん! この部屋に入っちゃダメって言ったろう!」


 多少怒気を含みながら声を荒げると、部屋の中には箱を握ったきゃんの姿。

 その箱には文字が流れていた。文字は幾朗側に表示された。


『叶えられました』


 その文言。幾朗はたじろいで、後ろに下がって廊下の壁に体をぶつけた。


 幾朗はきゃんが自分の体の何かを代償に、何かを願ったのだと思った。思い出される。自分が無敵だった日々。その恐ろしい能力をきゃんが? 幾朗はさらに後ずさる。


 きゃんは思い立ったようにすかさず左手を幾朗に向け立ち上がった!


 まさか! 幾朗は思った。きゃんは、自分と同じ能力を願ったんだ。そして、それを自分に向けている。


「どいて! 家に帰るんだから!」

「うっ……!」


 きゃんは右手で箱を持ち、左手を幾朗に向けたまま部屋を出た。幾朗は後ずさる。

 このまま、玄関を出てしまえばいい。この家は外側からカギをかけられたら出れないが、内側のは自分で外せる──。

 車の排気音が聞こえる。エンジンはかけたままなのだ。このまま車に乗って逃げれる。


 ──そう思った。


 体が階段に差し掛かる廊下に曲がろうとした、その時! 幾朗が後ろから組み付いて来た。


「きゃんちゃん! どこにも行かないで!」

「きゃっ!」


 きゃんは、そのまま倒れてしまった。

 きゃんの手から黒い箱が転がって滑りながら廊下の隅の方に行ってしまった。


「お母さ……!」


『きゃん!!!!!』


 黒い箱に大きな文字が出て激しく点滅したが幾朗はそれに気付かず、バタバタもがくきゃんを押さえつけた。


「きゃんちゃん! 俺はもうダメだぁ! ダメなんだぁ! 情けをかけてくれ! 抱かせてくれ!」


 そう言いながらのしかかって抱きついて来た。大きな体の幾朗だ。きゃんは窒息しそうになった。冷たい廊下で板間に押し付けられ体が痛い。


「やめて! やめろ! 痛えよ! 放せ!」


 しばらく二人でもがいていたが、幾朗はふと気付いてきゃんの腕を押さえた。そして、その左手を自分の頬に当てる。きゃんの顔が青ざめた。


「……な、なんともならない。きゃんちゃん──ウソだったのか?」


 もがいている時にきゃんの左手が何度も自分に当たっていることに気付いた幾朗の行動だった。きゃんはプイと視線を逸らした。


「騙した。騙したんだ」


 きゃんは目をそらしたまま息を飲み、覚悟を決めて叫ぶ。


「そうだよ……。そうだよ! それに私は鈴村きゃんじゃない!」

「な、なに!?」


「お生憎様! ただのそっくりさん。鈴村きゃんは今頃病院のベッドの上だよ! 放せ! このサイコ!」


 幾朗は無言で立ち上がる。どうしても本物だったが、これがそっくりさん。そう聞くとどうでもよくなった。今まで自分が殺してきた無価値な女と同じもの。そうとしか映らなくなってしまったのだ。

 幾朗はきゃんの両腕を片手でつかんでズルズルと引きずって奥の遺体の部屋に連れて行った。


 殺される──!

 きゃんはそう思い叫んだ。


「キャァ! やめて!」


 きゃんは足をバタバタとさせたが、完全に大きな手で封じられた両腕。もがいてもどうにもならない。

 幾朗は無言で遺体部屋のドアのカギを開け、大きく開く。中には6体の遺体がうらめしそうに幾朗の方を見ているように見えたが、幾朗にはなんの感情もなかった。


 暴れるきゃんを無造作に部屋の中に投げ込んでドアを閉め、そして再度カギをかけた。


「ちょ、ちょっとぉ!」


 きゃんは急いで立ち上がってドアを叩いた。この部屋は内側から開けられるカギだ。幾朗は近くの部屋から家具を引っ張り出してきてドアの前に置いて、きゃんを出られないようにした。

 そして、廊下の隅に転がっている黒い箱を取り、自室に戻って少しばかりの荷物を小さいバッグに納めた。


 奥の部屋からはニセモノのきゃんの声が聞こえているがどうでもいい。あの部屋で朽ちてしまっても別に構わなかった。とりあえず自分は警察の目をごまかして逃げることが大事だ。

 それには箱の力が必要だ。


 幾朗は玄関のドアノブに手をかけて黒い箱を見つめた。そこにはいつもの光る文字が表示されている。


『願い事をどうぞ』


 それを見て幾朗はフンと鼻をならした。




 きゃんは部屋の中でしばらく叫んでいたが、幾朗が外に行ってしまったらもうお終いだ。すぐに手だてを考えなくてはいけなかった。


「ドアに重石(おもし)があるんだわ。外から開けてもらわなくちゃいけない。それには……それには──。ああ! もうめんどくさい! ヤケだわ!」


 きゃんはピンと背筋を伸ばして立った。まるでライブステージに立つように。

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