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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
男と監禁篇
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第47話 職質

 次の日。幾朗は仕事に行かねばならなかった。

 朝食の時に、きゃんにそれを伝えた。きゃんは幾朗が外出することは自分にとって好都合と、にこやかにうなずく。だが幾朗は続けた。


「きゃんちゃん。近日中にここを引っ越すよ。一緒に来て欲しい」

「え? うん、うん」


「あのぉ、そのぉ。きゃんちゃんにはもっと便利なところがいいと思って」

「うん。そうだね。ここは景色はいいけど一日中家の中にいちゃぁねぇ」


「うん。ゴメン」


 きゃんは思い出したかのように手を打った。


「あ、そうだ! スマホの充電器ない?」

「あ、あるけど」


「私の切れちゃって。ネットでお料理探したいんだ」


 きゃんのおねだりは当然外部との連絡のため。料理を作るのは言い訳だ。口実。幾朗のためと言わんばかりに。


「どちらにせよ、ここら辺には電波は来てないよ?」


 しかし幾朗からの回答は否定的なものだった。きゃんも思い出した。だれかに電話をしようにも電波がないんだった。


「そっかぁ……」


 きゃんはさみしくつぶやいた。食事が終わると、幾朗は夕方には帰ると言って車に乗って仕事に行ってしまった。





 きゃんは洗い物の後、部屋を掃除して、幾朗の食事を用意し、祭壇の部屋に入った。


『おはよう。きゃん』


「おはよ。お母さん。ありがとう。あの男から能力を消してくれて」


『ふふ。人間がバカなだけさねww』


 きゃんと母は、楽し気に雑談をした。生物ではない母だが、きゃんにとっては肉親だ。黒い箱もきゃんと会話をするのが楽しいようだった。


 きゃんは、母親にこの家からどうやって逃げたらいいのか相談した。黒い箱は光る文字を表示してきゃんへとアドバイスする。


『台所に肉や野菜を切る道具があるだろう?』


「包丁のこと?」


『そう。それで男の腹部を刺しなさい。男が動かなくなったらカギを奪って家から逃げればいい』


「そんなことしたらあの男と一緒だよ!」


『バカな娘だねぇ……。じゃぁ、これは?』


「うんうん」


『階下に大きな花瓶というものがある』


「あるね。何も挿さってないけど」


『男と夕食をとって、あんたは部屋を出てそれを取りに行く』


「うん」


『そしたら、後ろを向いて食事に満足げな男の頭に花瓶の底を振りかぶってぶつける』


「ちょっと!」


『そして、家のカギと車のカギを奪って玄関のドアを開け、車に乗り込んでガソリンがなくなるまで走る。ガソリンがなくなったら降りて足で走る』


「バカ!」


『なにがバカだよ。あんたがバカ』


 黒い箱はきゃんの意に添わないアドバイスしかしないので、きゃんは呆れてしまった。


「んなことできないよぉ……」


『バカな娘』


 などと、傍から見ればトンチンカンな親子の会話そのものだ。きゃんは話題を変えた。


「──ねぇ、お母さん」


『wwwww』


 箱は笑った。箱には心を読む力がある。

 きゃんが何を言うか分かったのだ。


「もしも、もしもさ」


『隆一の復活かい?』


「うん。そう」


『だったら、腹の子と子宮をだしな。そしたら母さんが叶えてあげる』


「ううーー! もう!」


 きゃんは腹が立った。そればかりは絶対に嫌だ。自分の母親が自分の家族を奪うなんて常識では考えられなかった。きゃんは泣いてしまった。


「孫が見たくないのぉ!?」


 余りにも冷たい母親にそう言うと、箱のほうでも光がしぼむようにしばらく鎮静した。


『……そうだねぇ』


 そしてしおらしく文字を表示すると、考え込むように黙ってしまった。


「え?」


 きゃんは驚いた。人間の生き死にに興味がない母だ。そんな考えてしまうと思わなかったのだ。


『孫──。私の……孫?』


「そ、そうだよ」


『──そうか』


 その時、玄関のドアが開く音が聞こえた。ガチャガチャと内側からカギをかけている。幾朗が帰って来たのだときゃんは思った。これは言っていた時間より早すぎる。





 数時間前の幾朗。幾朗は別荘地から車を出して山を下って行った。山の下には数台のパトカーが巡回しているようだった。

 幾朗は背中に氷を落とされたようだった。


 自分を探してる──。


 そう思った。自分の持っている店に早々と行って少しばかり店長に挨拶した。本当は他にも店を持っているのだが、一店舗だけ視察して止めてしまった。


 家が心配だ。きゃんが心配だ。もしも、別荘に警察が行ってしまったら?


 早々にきゃんとともに山を下りて別に暮らす場所を探さなくてはならない。


 そう思って別荘地へ戻ろうとした。別荘地への山道をしばらく走らせると、パトカーが2台ほど止まり検問をしていた。幾朗は驚いたが、ここで道を引き返しても怪しまれる。きゃんを家の中に置いておくわけにもいかない。


 幾朗は、検問で車を止める。そこに警察がにこやかに近づいてきた。


「すいませんね~。どちらへ向かわれますか~?」

「どうしました? 何かあったんですか?」


 幾朗は平静を装って警察へと尋ねた。


「いえね、連続暴行事件なんです。湖の別荘地の一般駐車場でカップルが襲われましてですね。少し、車の中を拝見してもよろしいですか?」

「──いいですけど、急いでますんで、早くお願いします」


 二人の警官が幾朗の車の中を念入りに探る。というのも、襲われたカップルからは「痺れさせられた」という情報を聞いていたからだ。犯人はスタンガンのようなものを持っている。警察は幾朗の車の中をくまなく調べた。


 その間、幾朗は別の警官に職務質問された。


 自分の本籍はここで、名前はこう、職場からのついでに持ち別荘に行くのだと言った。警官は幾朗がそこそこの名士で驚いていた。


 結局車からは何も発見されずに幾朗は解放された。幾朗の車が山道を登って行く。


 警察はその後ろを眺めていた。当たり前だ。カップルから聞いていた犯人の姿にそっくりだったのだから。

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