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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
男と監禁篇
43/202

第43話 偽りの仮面

 幾朗が出て行って3時間が経過──。

 しかし車の排気音が聞こえ、幾朗が慌てて入って来た。なぜなら、家の電気がついているからだった。きゃんが勝手に動き回っている。不都合なものを見られたくないという思いだった。


「きゃんちゃん!!」

「あ、おかえりぃ!」


 怒気を含んで叫んだものの、幾朗の鼓動が大きくなる。大好きな鈴村きゃんの満面の笑みだ。それが廊下を掃除している。大好きな相手に暖かく迎えられた。思いが伝わってるんだと幾朗はメロメロになって、きゃんに襲いかかって来た。

 だがきゃんは驚いて手を広げて幾朗を制止しようとする。


「きゃ! 待って! うぁぁ!」


 きゃんの体が崩れ落ちる。幾朗の左手が彼女に触れたのだ。


「あ! きゃんちゃんごめん!」


 幾朗は自分の能力を忘れていたのだ。彼は動けなくなったきゃんを抱えて、再度二階の部屋まで運んだ。


 今度のきゃんは意識も失ってしまった。約三時間。気付くと、目の前の幾朗は大きい顔を覗かせていた。


「ああ、よかった! 気がついたんだね!」

「う、うん……」


 きゃんは考えた。自分は母である黒い箱から教えられ幾朗の能力を知っている。だが幾朗はそれを知らない。知っていることを悟られてはいけない。


「ご、ごめんなさい──。街で倒れたところを助けてもらったみたいで。お礼に掃除をしていたんだけど。あ、あなたは?」

「あ! うん! まだ自己紹介してなかったね。青山幾朗って言うんだ」


「あ。そうなんですね。えーと、イクロー……さん?」


 幾朗は憧れのきゃんに名前を読んでもらって震えた。胸が熱くなる。思わず、堰を切ったように今までのことを話しだした。


「きゃんちゃん! きゃんちゃん! 本当に治って良かった! オレ、きゃんちゃんのためなら何でもできるし、何でもするよ! きゃんちゃんが倒れてから悲しみくれてたら、お告げがあったんだ。夢の中で悪魔様から。きゃんちゃんを治すには6の数字の生け贄が必要だったんだよ! だから、だからオレ……!」


 しかし、その先は言わなかった。言えない──。言ったらきゃんに嫌われるかも知れないと思い黙った。しかしきゃんが聞き返す。


「い、い、生け贄??」


 そういいながら引いた顔をしてみせた。幾朗は興奮しすぎて話しすぎたと反省した。


「うん……。まぁその辺はおいおいと──」

「そうなんだ。私の為に苦労してくれたんですね。イクローさんは」


 そういってきゃんは鈴村きゃんスマイルを送る。幾朗は興奮して、買って来たご馳走を食べようと食卓に誘った。


 二人で階段を降りてキッチンに行く。幾朗はテーブルの上に料理を並べた。


 ローストビーフやら、ホイルに包まれた魚のパイ蒸し。新鮮なサラダに温かなスープ。香ばしい匂いのするデニッシュ。


 得意気に料理を出しては来るが、幾朗はこの臭気が気にならないのかときゃんは不思議に思う。人間には対応する力がある。この死臭が蔓延するなかで生活していたため、幾朗は慣れてしまったのだろう。

 だがきゃんは慣れてなどいない。目の前に並べられる肉料理と死臭が合わさって気が狂いそうな気持ちだった。


「行きつけのレストランで、無理に頼んで持ち帰って来たものなんだ。気に入ってくれるといいけど──」


 そう言いながら、グラスに高そうなワインを注ぐ。


 普通なら嫌悪感や恐怖で叫びたくなるシチュエーションだ。しかし、きゃんには芸能界で仕事をしていた“鈴村きゃん”の記憶も持ち合わせている。気持ちを張ってそれらを胸の奥に押し込み演技に徹底した。


「すごーいごちそー! イクローさん、お金持ちなんですね!」

「いやぁ。はは。父と母を早くに亡くしてね。遺産や生命保険で食いつないでるんだ。遊んで暮らしてるって感じかな? 趣味では投資とかのマネーゲームをするし、オーナーさせて貰ってる店も複数持ってるから日中は留守にしてるけどね」


「お店? じゃぁ、社長さんなの? そうなんだ! 頼りになるぅ~」

「うわぁ。きゃんちゃんにそう言われると……」


 幾朗はきゃんに持ち上げられて、照れながら頭を掻いた。


「──でも、このお家、ちょっと臭いがあるね? 浄化槽でも壊れてるのかな?」

「ん? う、うん。実はそうなんだ」


 幾朗は慣れてしまっていたが、遺体から発する激臭は物凄い。ハッとしてきゃんの言葉に合わせるときゃんも納得したようだった。


「そっかぁ~。じゃぁ、しょうがないね~」


 二人して席に着いて乾杯をした。きゃんは未成年なうえ妊娠中であったので飲んだフリをした。グラスに唇をあてるのみにし、一滴も飲まなかった。


「んふ! ごめんなさい。未成年だからちょっとだけ。お屠蘇のむ感じにしました」

「あ! そうか。ゴメン。気付かなかった。ああ自己嫌悪だなぁ」


 二人は向かい合わせで食事を始めた。幾朗はウキウキとした様子で話していたが、きゃんは強烈な臭気に吐き気をもよおしながら食物をのどに流し込んでいた。


 ふと見ると幾朗のきゃんを見る目が、あきらかに女を見るような目だった。きゃんはゾッとした。そして、隆一のことを思い出した。


(鈴村きゃんのファンって濃いのばっかりだなぁ。お母さん使って私作ったり、鈴村きゃんの治癒のために殺人か。やり方が根本的に間違ってるんだよなぁ)


 そんなことを心の中で思う。しかし、隆一との幸せな生活を思い出してニマニマとしてしまった。幾朗はそれを見逃さなかった。


 幾朗は鼻息をならしながら大きめの声で問う。


「ねぇ! きゃんちゃん!」

「…………」


 しかしきゃんは隆一との甘いとろけるような生活を思い出していて、幾朗の呼びかけに答えられなかった。


「きゃんちゃん?」

「……ん!? ああ、ごめんなさい。なに??」


 やっと気付いて幾朗の顔を見た。幾朗は微笑んでいた。


「ふふ。なにか想像した?」

「え? なんだっけ?」


 幾朗は姿勢を正した。


「えと、今日から二人でここで暮らすわけだけど──」

「え!? あ~。う、うん」


「そ、その。よ、夜の方は……?」


 きゃんは焦り始めた。そういえば、そうだ。逃げるにもあと一時間後に逃げるとか無理だろう。幾朗と数日一緒にいなくてはならないかもしれない。


 しかも、この幾朗は自分がきゃんを鈴村きゃんと思い込み、病気が治ったのは自分の手柄だと考え、見返りに、きゃんは自分のものだと思っているのだろう。


 こんな殺人鬼に抱かれるなんて考えられないし、きゃんは隆一に操を立てている。不貞なんて許されない。ましてやきゃんのおなかの中には隆一の忘れ形見がいる。


 きゃんは隆一を思い出して悲しい気持ちが沸き上がって来たがそれを胸の中に押し込めて平静を装って話し始めた。


「……あなたの手に触れたら、なんか電気みたいな? 静電気?」


 幾朗はドキリとして自分の左手を見ながら打ち明けた。


「──ん、いやぁ。実はちょっとした力があるんだ」


 きゃんは母から聞いて知っていたが驚いたふりをして聞いた。


「ち、力って?」


 幾朗は躊躇した。彼女をここに連れてきた方法がばれてしまうからだ。それならば聞き出すトーク術があるぞときゃんは続ける。


「ねぇ。教えてくれないの? もっと知りたいの。あなたのこと──」


 そう言われたら黙っていられない。幾朗は秘密を言うことにした。


「実は、こっちの手に触れると人はしびれるようになってしまうんだ。自分にだけは効かないけどね」

「え?」


 きゃんは体を後ろに引いて驚いた振りをした。


「そ、そんな。大丈夫だよ? きゃんちゃん」

「で、でも触られたら意識を失っちゃうんでしょ? 怖い──」


 幾朗は立ち上がって、きゃんを落ち着かせようと肩に触れようとしたが、きゃんは恐れてイスから滑り落ちて部屋の隅に転がった。


「そ、そんな。ダメよ。しびれてしまうわ」


 幾朗は悔しがった。今まで役に立っていた左手が彼女を怯えさせてしまっている。これでは彼女と仲良くしようとか、寝る場所を共にしようというのも無理だろう。

 力づくやしびれさせて思いを遂げるのは簡単だ。しかし、一生を共にする大好きな相手にそんなことができようもない。


 さんざん、殺人を起こした男だったがきゃんとはちゃんとした夫婦となりたかったのだ。


「ご、ごめん。考えるよ」

「え、ええ」


 幾朗はきゃんを部屋に戻した。きゃんとは別に自分の部屋もある。


 幾朗はベッドにゴロリと寝そべったが、大好きな相手と一つ屋根の下にいるのに一緒になれない鬱々とした思いで立ち上がった。

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