第40話 願い
夜のアーケード街。店にはシャッターが下り足早に家路に急ぐ人ばかり。
しかし、地面には腰を下ろす若者が大勢いた。
その中心には楽器を手にした者がいる。
女性のギターを弾くストリートミュージシャンだった。
ファッションなのか夜なのに大きいサングラスをしている。高い襟を立てて頭にかぶった帽子のツバがさらに彼女の顔を暗く見えなくしていた。
彼女がスタートに歌うのは他のバンドのコピー曲。誰でも聞いたことのある歌を自分の歌い方で歌う。客は楽しげに拍手を送る。
しかし最後の方に毎回2、3曲オリジナル曲を歌う。
サラリーマンに激を飛ばす歌。
今日は辛い事があったでしょう。
悪くもないのに上司に頭を下げたんだね。
分かっているよ。近くにいるよ。
と歌い上げる。
そしてラブソング。
仲良くしている毎日が楽しい。
素晴らしい人生だ。
少しは嫉妬もするけどずっとずっと一緒にいたい。
という歌詞。
最後にしんみりとした恋人に捧げるバラード曲。
恋人を失ってしまった曲だ。
遠くに行ってしまった──。
といって最後をしめくくる。
その曲が好きなのか同じ年頃の女性常連客は一番前に座って毎回涙を流していた。
最後のその曲が終わると、みんな立ち上がって家に帰って行く。
数人の客が彼女を呑みにいかないか誘うが、彼女は未成年だし妊娠中なので酒が飲めないと言って断る。そこに彼女の母親らしき人が来て楽器を持ってバンに詰め込んでいるので彼女は微笑みながら手を振って母親に近づいて帰って行く。
彼女が去った後でサラリーマンの男たちが
「謎な女性だなぁ。若いのに妊娠してるのかぁ。旦那さんはいないのかなぁ?」
「そーだなぁ。……でも鈴村きゃんに似てね?」
「似てるけど、彼女ではねーだろ。今入院中だろ?」
「まぁ、そうだけどなぁ」
そのストリートミュージシャンである彼女はバンに乗り込むと運転席にいる母親らしき女性に嬉しそうに話し掛ける。
「すいませーん。お義母さん。いつもありがとうございます」
「ふふ。きゃんちゃん。お帰り。人気者だね~。こんな娘を持ってあたしゃー鼻が高いよ」
そう言ってバンを走り出す。成田きゃんと隆一の母親だった。
きゃんは隆一の部屋を去ってから、隆一の実家である成田家に身を寄せていた。
義母は隆一から「遠くに行くからきゃんを頼む」と言われていたと聞いたので、きゃんはとっさに隆一は仕事で外国に行っているという事にした。
帰りを待ちながらここで赤ん坊を産むのだ。
隆一が帰って来る保証はない。
普通では帰ってくるはずがないのだ。
しかし、どうにかして隆一を復活させようと彼女は考えていた。
それには。
それには──。
「はい。お義母さん、お車代と生活費」
彼女は客がギターケースに入れてくれたお金から半分位を渡した。だが義母はそれを固持した。
「何言ってんの。母親なら当然でしょ? 家の手伝いもしてもらってるし。結構です」
「そうですかぁ? うふふ。スイマセン!」
「ふふ。それよりも赤ちゃんは大丈夫なの?」
「大丈夫です。良好。良好」
「じゃぁ良かった。あんまり無理しちゃダメよ?」
「あー。理解があるお姑さんでよかった」
「そうかしら?」
「だって、ヨメにこういう音楽やらせるお姑さんいませんよ〜」
「そう? 普通でしょ〜」
「私の母親。その当然も普通も出来ない人だったのでぇ~」
「ああ、そう言えば、おかあさん。どこにいらっしゃるの?」
「さぁ~? 全然連絡無いし。でも、探し出すつもりです」
「そうだねぇ。どんなお母さんでもたった一人の母親だもんねぇ」
ふと母親である黒い箱を思い出す。
今はどこにあるのか? いや、いるのか──。
きゃんはそう思っているのだろう。
そんな思いを持つきゃんを乗せ、義母の車は成田家へ帰って行った。
◇
その頃、黒い箱はどこに行っただろう?
黒い箱はある部屋に置いてあった。
部屋は真っ暗だが、ロウソクが数本灯っていた。
祭壇だ。なにかの宗教?
いや魔術のような感じだ。
黒い箱は祭壇のような場所の一番上に鎮座されており、その下には「きゃん」の写真があった。
祭壇の前に男がひれ伏している。
黒いローブのようなものをまとっている。
かなりの大男だ。身長も大きくでっぷりとしていた。
手のひらはグローブのようだ。
男から地の底から呻くような声が聞こえて来た。
「悪魔よ! どうぞ、鈴村きゃん様を病魔よりお救い下さい!」
と叫び、祭壇に祈りを捧げた。そして
「今より、ここに生け贄を捧げます」
と言い、一度部屋から出て行きズルズルと20代ほどの女を引きずって来た。
手足は縛られ、口には猿ぐつわを咥えさせられている。
力が入らない様子だ。
男は動けない女を、祭壇の前に引きずり出し祭壇の前に置いてあった刃渡り長いナイフを取り、躊躇無くその胸に突き立てた!
無惨にも女は身動き取れないまま血しぶきを上げてやがて事切れてしまった。
その血を器に受け少しすすった。
そして、祭壇の中央に捧げたのだ。
「これで六人目の生け贄でございます。これできっと“きゃん”様は救われる──」
と言ってニヤニヤと笑った。
黒い箱にも
『wwwwwwww wwwwwww』
と文字が光りながら現れ消えて行った。
この儀式に形式があるのかどうかなど誰にも分からない。
ただ、男には確信があった。
これで“鈴村きゃん”は復活するのだと。
これが黒い箱の新たな持ち主。青山幾朗。鈴村きゃんの大ファンで、悪魔を崇拝する男であった。