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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
女と愛篇
39/202

第39話 後を追う

 病院へ行くと、すでに子供たちもいて大騒ぎだった。母親である栄子を見つけて駆け寄って来た。


「母さん! 父さんが急変したんだ! さっき、今さっき、死んじまった!」


 慌てる子どもたちの前で栄子は冷静さを払っていた。


「そう──。でもあなたたちはお父さんの死に目に会えたんだから。親孝行よ。お父さんもきっと喜んでるわよ」


 栄子はそういいながら子どもたちの背中を押して病室から出してしまった。


「さ。あなたたちはお葬式の準備をなさい。お母さんに最後に一言だけお父さんに文句を言わせてちょうだい。そうしなきゃお母さんの人生割に合わないわよ」


 栄子はそう言って笑うと、子どもたちはそう言うことかと笑って病室を出た。栄子は亡夫の病室の扉を閉め、夫だったもののベッドの横に備え付けられているイスに腰を下ろし、夫の顔を見ながら手を合わせる。


「あなた。なんて安らかな顔なの? 楽に死ねたのね。よかった」


 そう言いながら、そっとその頬に手を当てた。


「ねぇ。さんざん苦労させてくれたわね。フフ。好き勝手な人生だったわねぇ。最後まで楽しかったでしょ? フフ。私も楽しかったわよ。ねぇ。あなた。もう一度あの頃に戻りたいわねぇ」


 栄子は手を広げて夫の胸に倒れ込んで抱きつき、一粒だけ涙をこぼした。しかしその姿は誰も見ていなかったのだ。





 栄子の夫の葬儀は大きなものだった。

 経済界のトップやら国会議員、芸能人も参列した。およそ1000人の弔問客があった。


 長男が喪主を努めしめやかに行われた。


 栄子は終始、冷静に背筋を伸ばして微笑みを絶やさず弔問客を迎えていた。


 しかし、招かざれる客はやってきた。

 夫の愛人だった。


 夫の棺桶に泣きすがり、「愛している、愛している」と大声を発した。

 そして、腹の中に栄子の夫の赤ん坊がいるから財産をもらう権利があると参列者の前で要求したのであった。


 栄子はその愛人に近づいていった。


 そして、目の前で小切手を切って渡すと愛人は上機嫌でそれを受け取った。


「ふふ。ちゃんと4人目の子供として認めていただけるのよねぇ?」


 だが小切手の額を見るその目が大きく開く。驚きの表情。それが怒りに変わり栄子へと食ってかかる。


「な、なに? 一万円? バカにしないでよ!」


 愛人はそれを栄子に叩きつけようとしたが、一枚の紙であるがゆえ、それは宙を不格好に舞い落ちた。

 栄子は毅然と言い放つ。


「お車代よ。ここまで来てもらって弔問していただいて申し訳なかったわねぇ」

「なんで会長の子が一万円の価値しかないのよ! みなさ~ん!」


 愛人は参列客に大声で訴えようとする。

 だが栄子は蔑んだ目で愛人をにらみ据えた。


「恥をかくのは貴女ですよ? 主人はパイプカットしてましたの。それでおなかに宿っているのはなんでしょうね? 先ほど愛を叫ばれたのはウソ? ただの行きずりの男の子供じゃなくって?」


 愛人はたじろぎ、真っ赤な顔をして小さくなって小走りに出て行った。





 危機が去って葬儀も終わった。

 子供たちは栄子の周りに駆け寄って先ほどの愛人との対決の勝利をほめたたえた。


「あの時のあの女の顔ったらなかったな」

「ホント。父さんは自業自得だけども溜飲が下がったわ~」

「うん。それにしてもお父さんパイプカットしてたのか~。知らなかったなぁ~」


 三人してそう言うと、栄子はいたずらっぽく笑った。


「いいえ。してませんよ」


 子供たちは驚いた。


「ええーーー!!」

「だって……。え?」

「それじゃ、ハッタリ? あの愛人が言うことがホントだったらどうしてたの?」


「まさか。あの女が言うことはウソですよ。分りますもの。だって私、女ですから」


 そんな自信満々の母親に子供たちは面食らった。しかし、財産の危機が去ってホッと一息ついたのだった。





 栄子の夫の葬儀も終わり、ひと段落。

 たった一人の広い家。しかし未だに夫がそこにいるような感覚だった。

 栄子は夫の遺品を整理していた。


 すると夫の大事な本の中から、はらりと紙片が落ちた。


 何かの紙を引きちぎったようなみすぼらしい紙っきれだった。


 栄子が拾ってみると、文字の少ない夫からの手紙であった。




「エイコヘ スマン」



 ただのそれだけだった。

 薄い文字。震えた文字。

 手も動かないので、口にペンをかじって本のはじ側に書き、破ってその本に挟めたのであろう。


 栄子にはそれだけで十分だった。

 栄子は報われた。


 夫は裏切ったが後悔していたに違いない。

 最後にそれを懺悔したのだろう。


 栄子はウキウキとした気持ちになり、二三度手を叩いて急いで自室に入り、気に入った服を着て丁寧に化粧をした。


「うん。今日は化粧のノリがいいわね。まるで50代だわ」


 そう言って、黒い箱を手に取った。


『願い事をどうぞ』


「これは私の最後の願いよ。私を楽にして──」


『??????』


 またもや訳が分からない。

 この栄子の心を読むと今、死にたがっている。


「あの人はきっと待ってるわ! それにあの人がいないならここにいても仕方ないもの!」


『…………(苦笑)』


 栄子は箱を抱えて、夫の寝台に横になった。


「さぁ。いいわよ。子宮や卵巣とか女の部分以外ならどこでも好きなものをあげる。私を楽に美しく殺して」


 箱はしばらく躊躇していたが、やがて白い光を照射した。


 栄子は目を閉じて安らかな顔をして逝った──。





 箱は、球形になって壁をすり抜けこの家から出て行った。

 転がりながら大きな文字で


『バ カ バ カ し い』


 と連続して光の文字を現わしていた。

 そして、人通りのあるところで姿を消した。



 数日後、栄子の子供たちは母親が死んでいるのを発見した。

 まるで自分の死期を悟って美しく着飾って化粧をしているようだった。

 薬を飲んで自殺したのかと思い、解剖してみたが内臓は健康そのもの。

 薬物の反応も出ず、なぜか「虫垂」と「尾てい骨」“だけ”がなかった。

男は“鈴村きゃん”のファンだった。

ある日悪魔からお告げがあった。彼女を助けるためには生贄を……。


次回「男と監禁篇」!


ご期待ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰かクロいハコの鼻を明かしてやって欲しいと思いながら読んでいたんですが、この女性にはクロいハコどころか私もやられました! こんな人に愛されて、夫は最高に幸せだったと思います。
[一言] 面白かったです!男女の仲というのは本当にわかりませんねぇ。
[良い点] こんばんは。 …言葉になりません。 箱が好きになりました。 読ませていただいてありがとうございます。
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