第22話 飛行訓練
その日の仕事を終え、英太は部屋に帰った。テーブルの上にはほのかに光る黒い箱。英太は帰って早々、黒い箱に語りかけた。
「なぁ。空を飛べるようにするにはなにが必要だ?」
『虫垂・尾てい骨・親知らず・首から下の体毛でできます』
「なるほど。じゃあ、それで」
英太は多いともなんともクレームを入れず、躊躇なく言われるままに箱に対価を提供した。
『叶えられました』
黒い箱から、英太のブレスレットに白い光が照射される。
続いて、英太の体に赤い光が照射される。体の部品を失った。だが英太はニンマリ笑って喜び気にしていないようだった。
そして、立ち上がりキメ顔を作ってボタンを押す。
「神が裁けぬ悪を倒す! バスターマン参上!」
『wwwww』
完璧に決まった。英太は窓を開けて飛び出すと、今度は見事に空を飛んでいる。
「すげぇ! すげぇ!」
前に進もうと思って手を伸ばせば進行方向に進む。停滞しようとブレーキをかければ空中に停まることができる。英太は腕を伸ばして空高く飛び上がった。
「こりゃすげぇ! しかし、飛ぶのはコントロールが難しいな。少し練習しよう!」
英太はそう言って高い空を飛びまわった。停まる際に惰性で少しばかりブレーキの利きが甘いのが難しいようだ。そして風によって誤差が生じることもある。最初はヨタヨタと浮いている感じだったが、そのうちに扱いにもなれてスピードをつけて飛ぶことができるようになった。
「よし! いいぞ! これなら」
英太が空中で喜んでいるところに、この闇夜に猛スピードで英太に接近してくるものがあった。
「敵か!?」
英太は身構えてその方向に振り返る。
通常の100倍の視力であるバスターアイがいち早くその正体を判別した。自衛隊の戦闘機だ。英太は味方だと安心して片手を軽く上げて挨拶した。
しかし戦闘機はどんどん間合いをつめてくる。
「バスターイヤー!」
ここで説明せねばなるまい。バスターイヤーとはどんな音でも聞き拾うことが出来る。また、あらゆる周波数に対応しているのだ!
上空の激しい風の音の中、耳を澄ますと自衛隊からの音声が聞こえてきた。
「日本の領空である、速やかに退去せよ。繰り返す。日本の領空である、速やかに退去せよ」
英太は自衛隊のレーダーにかかり、それがため戦闘機がスクランブル発進してきたのだった。向こうは警告射撃をしようとしている。
英太は慌てて急降下。戦闘機も地面すれすれまでついて来たが、機首を上げて旋回。英太は地面にたどり着くと、変身を解いて平然と関係ないフリをして歩き出す。
戦闘機も目標を失い、仕方なく帰還していった。
英太はまた物陰に隠れて変身し、今度は低く飛んで家に帰ろうとしたが今度は人に見つかって大騒ぎ。逃げるように部屋に入って行った。
部屋に入ると黒い箱の光文字は全て草だった。
『wwwwwwwwwww』
「いや~。ただいまー。今日も平和でした」
自分が敵とみなされたとは箱に知られたくない。ごまかすように独り言を言いながら、座ってテレビを付けると緊急ニュースがやっていた。
キャスターが真剣な顔で内容を伝えている。
「本日、我が国の領空に未確認飛行物体が飛来し、自衛隊がスクランブル発進しました。これが、その写真です」
英太の目にはバスターマンだった。テレビからはさまざまな憶測が流れる。
「人みたいですね」
「みたことない兵器なんでしょうかね? 隣国の?」
元防衛大臣がゲスト出演していた。見解を求められ彼は話し出した。
「このようなものが飛空するとは考えにくいです。見たことがないので解説のしようがありません。しかしあらゆる方面から我々は対処することを考えねばなりません。これが兵器なのか? 戦闘機なのか? はたまた目の錯覚なのか? それとも宇宙からの飛来物なのか? いずれにせよ現在見失った飛行物体は捜索中ですので結果を待ちたいですね」
「飛来物?」
「壊れた他国の人工衛星の欠片が人のような形に見えているのかもしれません。しかしそれは憶測です。なにも情報が分からないので解説のしようがありません」
元防衛大臣はそのように語る。続いて今度は街を飛ぶバスタードマンの映像が映った。
歩行者が撮影して番組に投稿したのであろう。夜だし、ぼんやりと映っているものだったがとても早いスピードだった。
「これも同じようなものじゃありません?」
「これが兵器だったら、我々の生活はあっという間に脅かされますよ!」
「全くです。なんか自衛隊を挑発しているような」
「恐ろしいですね」
他の番組にすると内閣官房長官が、記者達に今後の対策などについて会見を開いていた。
英太は驚いた。
「おいおい。正義のヒーローバスターマンになんてこと言うんだよ! う~ん。これはちゃんと悪を退治して挽回しないとな!」
◇
次の日の夜。英太は変身せずに夜の盛り場をうろついていた。
「この辺なら、ケンカを吹っ掛ける悪人がいるかもしれないぞ! しめしめ!」
英太は手をこすり合わせた。
しかし。いない──。
「変だなぁ。酒飲んで気持ちが大きくならないのかぁ?」
そう思っている彼の肩を叩くものがあった。
「お! おいでなすったな?」
振り返ると、警官だった。
「ちょっと通報があってね。店にも入らないで、行ったり来たり……。キミ、何してるのかな?」
英太は、胸を張って威張った。
「街の平和を守ろうと思ってね!」
「そうなんだ。名前は?」
「……ちょっとなんですか? 犯罪者扱いですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。街の平和は我々も守ってるしね。名前を聞くくらいいいだろう?」
「長井です」
「下の名前は?」
「英太……」
「住んでるところは? 職業は?」
職務質問だった。英太は質問に答えて、ゲンナリして部屋に戻った。
『wwwwwww』
「はぁ~。悪が出てきたらどうするつもりなんだよ。何でオレが職務質問受けなきゃならねーんだよ」
せっかく手に入れた力なのに使い道がない。英太はイライラを募らせていった。
◇
それから英太は持った力を余らせた。飛んでまた自衛隊に追い回されたらたまらない。電車で移動し誰も行かない山奥に行って変身し、生木を殴り倒して感触を味わった。
「なかなか悪がいないなぁ。どうしたんだろ? 何やってんだよ」
大体にして英太が生まれてから現在まで想像しているような『悪』などいないことを認めていなかった。
テレビやマンガに出てくる悪がどこかにいると信じて疑わなかったのだ。
それがために日夜訓練を怠らなかったし、バスターマンにもなった。
そして、ひとたび強敵が現れたら世界中の同じようなスーパーヒーローと終結して団結して悪を倒したい。
正義の味方となった彼は『悪』を渇望していた。