第200話 変貌
バスターマンは電磁網を抜けて目を丸くする。何しろ、目の前に自分と同じヒーローの姿があるのだ。
しかも曲線から見て女性。
「あ、ありがとうございます。あなたは?」
「私? 私はバスターティンクル!」
「バスターティンクル!」
「バスターマンの援護に来た、謎の美少女よ」
「へースゴイ! 助かります!」
バスターティンクルは、バスターマンの横に並んで、素早く腕を絡ませながら恋人繋ぎをした。
バスターマンはあせる。
「あの……。彼女います」
「なにいってんの、私よ!」
「……? え? ふっちゃん?」
「そうだよ。バスターマン! さあ! 目の前の敵を倒しちゃおう!」
「お、おう!」
バスターマンの心に沸き上がる興奮。助けに来てくれたのは自分の恋人が変身した姿。
そこに、自衛隊の戦闘機が編隊をなして現れた。
『バスターマン。私です。高木二等空佐です。バスターマンの救援を命じられましたが、少し遅かったようですね』
「た、高木さん!」
『手を繋いじゃって、恋人さんですかあ?』
「え、ええ。まあ……」
照れるバスターマンに高木二等空佐は続ける。
『いやいいですね。私にも妻がおりまして、子どもも娘が二人。早く帰りたいものです!』
「いやいや高木さん、それフラグですよ。戦闘中にやめましょう」
『あ、そうでした! さあバスターマン。援護させてください。いつもの調子でよろしくお願いいたします』
「はい!」
バスターマンは左腕が使えない。しかし、そちら側にバスターティンクルが寄り添って飛ぶ。
二人は雨のようなレーザー光線をくぐり抜け、巨大ロボットの右足へとたどり着く。
バスターマンはそれに手を掛ける。左腕はただ当てるだけ。そこにバスターティンクルがそれを支えた。
「いくよ!」
「うん!」
「せえーの!!」
巨大ロボットはぐらつく。バランスを失ったように。それもそのはず、右足の制御が効かず持ち上げられて行く。
巨大ロボットはふらついて背中を地面に倒そうとしたところで、その背中は大地に着地しなかった。
すでに背中にはバスターマンとバスターティンクルが音速で回り込んで支えていたのだ。
巨大ロボットはジタバタともがいている。腹部のレーザー兵器は空を向いていた。これでは地上を焼くことができない。
「さあこれを海まで運ぶよ」
「ええ。バスターマン!」
二人の戦士は大地を蹴って海のほうへと向かう。最終決戦の場所へ。
◇
その頃、安倍総理は頭を抱えていた。未だにバスターマンが攻勢に出たことに気付いていない。そこに、岡官房長官が慌てて入ってきた。
「そ、そ、そ、総理」
「どうしたのかね、岡くん。戦況はどうだ?」
「そ、そ、そ、それが……」
「なにかね、早く言いたまえ」
「バスターマンは、別のバスターマンに助けられ、反撃を開始しました」
「おお、そうかね! 素晴らしい」
そして安倍総理は考える。
バスターマンは黒い箱に願って変身できるようになった。新しいバスターマンもそうなのだろうか、と。
現在の技術力ではあのようなヒーローを作ることは難しい。やはり箱の力なのであろうと考えていた。
「そ、総理……、あれは……?」
考えているところに岡官房長官の声だった。見ると執務室のドアがゆっくりと開く。
しかし、そのドアにかけられた手には針金のような毛が生えている。爪も鋭く長い。
それはのっそりと現れる。身の丈二メートル半もある、大きな怪物であった。
それを睨み据える安倍総理とは対照的に岡長官は震えながら腰を抜かす。
「そ、そ、そ、総理……」
「岡くん。君は別の部屋に逃げたまえ」
「し、しかし……」
「心配するな。私なら大丈夫だ」
「そ、総理も逃げてくださいよ」
岡長官は、這いつくばりながら別のドアから出る。安倍総理は怪物へと向き直った。
「それで? そんな格好になってこれからどうするというのかね、芦屋くん」
芦屋と言われた怪物はピクリと肩を動かす。その怪物の姿は、昔話に聞く『鬼』の姿そのものであった。
◇
時間は少し遡る。
バスターマンとなっていた鈴村きゃんに倒された芦屋は、地面を這いつくばって自分の隠れ家を目指していた。
変身を解かれ、地上に衝突し肋骨は数本骨折し、左足も骨折していたが、生き残れてはいた。
なんとか隠れる小屋へと帰り、黒い箱に痛みを消し、これからどうすれば良いかの案を聞くつもりだったのだ。
しかし体は痛む。這いつくばりながら野生の獣に恐れ、ただ一心に生きることを願って進んだ。
その間、芦屋の中に渦巻くのは憎悪であった。バスターマンに邪魔された。ヒホリント星人に脅された。そして安倍総理にバカにされた──。
彼の中にはいつも安倍総理がいたのだ。もう少しで勝てるところだった。もう少しで安倍総理を見下せた。
しかし今はどうだ。泥と草の中を這いつくばって日本中が自分の敵だ。
「くそ……、くそ……」
沢の水を飲み、ただただ悔しさと共に自身の身体を引きずる。
芦屋は、小屋までたどり着く必要はなかった。いつの間にか山中に黒い箱を掴んでいた。
『願い事を言ってください』
「おお……! これは……!」
『www www』
「復讐を……! 呪いを……」
『www……!!』
「安倍……清陸を……」
『www これは面白い』
芦屋の体は変貌していた。恨み骨髄に達し、生きるために極限状態にあったからかもしれない。それは人ならぬものであった。
芦屋は自ら、人を捨て恨みを抱いたまま『鬼』へと化したのだった。
黒い箱はそれを見て、ただ笑うだけであった。
『kakakakaka。──もう叶えられません』
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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