第2話 次の代償
約62万円を手にした悠太は夜の街に繰り出す。あぶく銭というやつだ。生活を支える金以外の他の金。
毎日のように飲み屋、スナック、キャバクラ、風俗を渡り歩いた。
きらびやかな夜の街の放蕩!
しかし悠太が財布を覗くと、たった三週間で豪遊の元は底をついてしまっていた。
「うぉ! マジ? 三千円ちかない。どうすりゃいいんだよ。まぁ金のなる木はあるしなぁ。今夜もルカに会いに行かないと!」
悠太は遊び始めて、ルカという女に心を奪われていた。キャバクラ『ウィッチ』という店の女性。派手に着飾っている女とは違い、もの静かで微笑みを絶やさない。守ってやりたくなる女だ。
聞くところによると大学生らしい。両親に頼れず、苦学している。この仕事をしているのもそんな理由からだ。
そんなひたむきなところがとても気に入った。
「指名をとれるような女じゃないだろうからオレが給料上げてやらないと」
すると、スマホからメッセージアプリの音。見るとまさにルカからだった。
「ゆうさん、今日も来てくれるとうれしいな。指名ないから肩身が狭いよ」
悠太は意中の人からのメッセージに心が沸き立つ思い。悠太の顔がいやらしく歪む。
「ルカ! 待ってろよ! オレが今行くからな!」
喜び勇んでシミだらけの天井に向かって己の意志の塊を吠え、メッセージアプリを返信した。
「行くよ。絶対行く。一緒に出勤する?」
同伴の誘いだった。同伴とは店に入る前の少しの時間デートができる。
送信を送り微笑むと、彼女からためらいもなく返信が来た。
「うん! ゆうさんと一緒に出勤する~!」
嬉しい返答だった。悠太はグニャグニャになって床に体を投げ出して寝転がる。すぐさま時間と待ち合わせ場所をメッセージアプリに乗せて送信した。
しかし今は金がないことにふと気づいたがニヤリと笑って黒い箱を手に取った。
「ええと、日本円で100万円が欲しい!」
『代償は?』
「毛は? 毛でも対応できるのか?」
『できます』
「じゃぁ、両脇毛」
『Ai$09ちちちフフ55*#。いr瓶むら?#$FP!936◆そたフフ★溢蟹VuKaqスッ6』
例の光文字が流れるとその結果が表示される。
『5万650円です。代償を追加しますか?』
「……おお。でもそんなにもらえるのか。じゃぁ、アンダーヘアだ。陰毛」
『合計8万4200円です。代償を追加しますか?』
「じゃ、腿からスネにかけての体毛」
箱とそんなやり取りを数回。首から下の体毛でしめて16万2450円だった。
「とりあえずそれでいいか。じゃぁ、体毛で16万2450円」
『叶えられました』
目の前にお札が重ねられる。一万円札、千円札、百円玉、50円玉の順で。それが終わると、箱からレーザーポインターがものすごいスピードで全身をくまなく照らした。
腕をまくってみる。スラックスの裾を上げてみる。パンツを引っ張って股間を覗いてみると、ものの見事にツルツルだ。まるで赤ん坊のよう。
さすがに少し恥ずかしくなった。美少年とデートするゲームでもあるまいし体毛が一本も無い。もしも、意中のルカと一緒に裸になったらバカにされるかもしれない。
しかし、その思いは首を振って否定した。そんな女ではないと。
目の前の札束を財布に入れ、待ち合わせ場所に行くとすでに彼女は立っていた。全然派手ではない普通の格好。パステルカラーの目立たない洋服。そしてすっぴんに近い薄化粧。店とは違う女子大生そのものだ。
「お。普通の格好だね」
「あ。うん。……変かなぁ?」
「いや、いい。そっちのほうがいいよぉ」
「んふ。良かった」
二人は手を繋いで歩き出す。悠太の中には優越感でいっぱいだった。自分と歳が10も違う子とデートだ。こんなやつ他にいるかと道行く人々を眺めながら思っていた。悠太の懐は温かい。高めの和食処を選んで指差した。
「ここで軽く食べて行こう」
そうルカの手を引いて店に入ろうとするも、ルカは足に力を入れて拒絶した。
「えー? だって高いでしょ? ダメだよぉ。ゆうさんにそんなにお金使わせられない。ね。今日はルカにおごらせて!」
「え。いいよ。大丈夫だよ」
「いいの。って言っても、こういうところのは出せないから、別のところ行こう。サイゼとか」
悠太の胸はズキュンと撃ち抜かれた思いだった。なんてカワイイ。あんな店で働いているのに謙虚な子だ。という思いだった。しかし苦学をしている彼女にだってそんなに出させられない。
今度は、牛丼屋を指さした。
「あそこは?」
「あ! いいね~。久しぶりだぁ。牛丼屋さん」
二人は牛丼屋に入りカウンターに並んで座って安い食事を楽しんだ。店を出て、悠太はルカへと頭を下げた。
「ごちそうさまです!」
「やだぁ。ゆうさんやめてよぉ。はずかしー!」
そう言ってルカは悠太の胸をポンと叩く。強くなく痛くなく。二人で微笑みあった。その後二人はルカの出勤時間までゲーセンでプリクラをとったり、軽くカラオケを歌ったりした。
二人っきりの個室で、悠太はキスのチャンスを伺っていた。ルカは曲を選びながら寂しくつぶやく。
「あのね──」
「な、なに?」
ルカをずっと見つめ続けていた悠太はドキリとする。少し間をおいてルカはためらいがちに切り出してきた。
「──うん。もうすぐ実家帰らないといけないんだ」
「……え? どういうこと?」
ルカは下を向きながら話しを続ける。
「こんなことお客さんのゆうさんに言うべきじゃないんだけど、誰にも言えなくて……。春にお父さんが倒れちゃってずっとキャバで働いて学費と仕送りのお金稼いでたんだけど、ルカあんまり売り上げ上げらんなくて……。大学とか将来の夢とか言ってられなくなっちゃったの。弟もいるし……。だから大学辞めて親戚の紹介で工場の事務員するんだ……」
「え? え?」
ルカはずっと下を向いていた。そのうち悠太の耳に鼻をすする音が聞こえてきた。
「……だから。ゆうさんと楽しく遊ぶのももうすぐ終わり。ありがとね。……楽しかった」
悠太はルカの両肩を掴んで自分の方に向けた。
「何言ってんだよ。いくらの学費といくらの仕送りなんだよ!」
「や、やだ。ゆうさん、怖いよぉ」
「いいから言えよ! いくら足りないんだよ!」
「え、え、え、……その……百万円くらいだよ。そんなお金ルカにどうにもなんないもん」
「よし。分った。百万円だな」
「え? ちょっと! ゆうさんヤメてよ? ルカがなんとかすればいい話しなんだから」
「いや別に。分ったって言っただけじゃん」
「──あ、そーだよね。ビックリしたぁ。ゆうさん、なんとかしちゃうのかと思った。ビックリ。ビックリ」
ルカは気を張って楽しく歌う。悠太もなにも気にしない振りをして楽しい時間を過ごした。