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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
男とアイドル篇
19/202

第19話 繋がった運命

 隆一は自らアイドルのおっかけをやめ、ファンクラブも脱退した。そんな隆一をきゃんは愛おしく思い、本心から抱き着く。

 隆一は、自分が作り生み出した彼女が愛おしくて仕方なかった。


 それからしばらくして、きゃんは子供を宿した。


 きゃんが強く望んだのだ。彼女にしてみれば、これで完全に隆一は自分のものだと胸を張れる。

 二人して、三人になるなら大きな部屋か家に引っ越さないとなどと未来の楽しい話をした。


 しかし、たまにテレビに「わんわん探検隊」が映ると、きゃんは複雑な顔をする。

 黙って無表情なまま画面を眺め、顔が画面から発せられる光で青白く反射して鬼気迫る表情だった。


 そんな彼女の様子を隆一は気が付いてテレビをすぐ消した。


「きゃん。鈴村きゃんは、鈴村きゃん。成田きゃんは、成田きゃんだよ。そうだろ? あれはテレビの中の人。オレが好きなのは、横にいる人。それは間違いのない事実なんだから」


「うん。別に気にしてないよ?」

「ん? そうか? ……じゃぁ、いいんだ」


 きゃんはそう言うものの、隆一は今までの自分の発言を深く後悔していた。鈴村きゃんと妻のきゃんを比べるような不用意な言葉が彼女を傷付けてしまったんだと。隆一はきゃんの体を思い切り抱いた。きゃんはそんな隆一をますます好きになっていった。

 しかし好きな分だけ、鈴村きゃんに奪われてしまうのかもという思いも消えないのだ──。





 そんな平和に過ごす二人の前に、突然アイドルの鈴村きゃんがライブ中に倒れて舞台から落ちてしまったというニュースが流れる。

 ツアー中、大観衆の見守る中、舞台から落下して意識不明。トップアイドルの事故に日本中が騒然となったが、きゃんは内心、ざまぁみろと思っていた。


 鈴村きゃんは入院し、残された四人のメンバーのみでライブツアーをするようだった。


 そのうちに、別のニュースが流れた。週刊誌が特ダネとして取り上げたのだ。


『鈴村きゃん 急性白血病で緊急再入院』


 きゃんはドキリとした。


 彼女は自分で、自分は彼女だ。もしかして自分も──。


 その考えをよそに夫である隆一はニュースを見ながら小声でつぶやく。


「へー……。きゃんちゃんが白血病か」

「気になる?」


 きゃんは隆一の方を見た。隆一は取り繕う風でもなくきゃんをまっすぐに見つめる。


「……多少はね。前はファンだったわけだし。でも好きとかって感情ではないよ。気にしちゃやだよ?」


 きゃんは「ふーん。」と答える。うたがいの返事。しかし心でそれは本心だと思って安心した。隆一の普段の行動を見れば分かる。もう本当に隆一は自分のものだと思ったのだ。嫉妬している自分に嫌気がさすほどだった。





 ネットでは連日大騒ぎだ。それほど鈴村きゃんは大人気だったのだ。


『わんわん探検隊ヲワタ』

『鈴村きゃんに殉死するやつの数→』

『在りし日のきゃん画像を上げ続けるスレ』


 などのスレッドが熱狂的に立ち並んだ。そんな世論。彼女がもしも亡くなったら神格化されるほどであった。





 それから数日。いつもの風景。ゴミ出しに行ったきゃんが戻ってこない。男は心配になり探しに行くと、彼女は道ばたで倒れていた。すぐさま救急車を呼び病院へと運んで行った。


 結果は鈴村きゃんと同じ病名『急性白血病』。

 やはりだ──。彼女のコピーは彼女と同じように病に倒れたのだ。


 搬送された病院にきゃんは運び込まれ、即時入院となった。愛の在る二人の部屋から別々。外出してデートなどもってのほか。なにしろ残された時間は少ない。

 隆一は、彼女の手を握って涙を流した。自分が作った妻。肋骨を妻としたアダムのように、自分の臓器から作ったイヴであるきゃんを、心から愛している。

 赤ん坊もきゃんの腹の中にいる。二人の人生はこれからなのに。

 これからなのに──。


「きゃん。愛してる……。愛してる──」


 隆一はベッドに伏せるきゃんに何度も泣きながら伝える。だがきゃんはまるで運命を受け入れるようだった。


「いいんだ。私はあいつで、あいつは私。こうなるって分かってた。あいつのことはなんでも分かるの。あいつの今までの人生、歌う曲、振付。でも私はあいつじゃない。隆一を愛するためだけに産まれた女なの。短かったけど、隆一と一緒にいた時間、とっても楽しかった。その思い出と赤ちゃんと一緒に天国にいけるんだもん。こんなに嬉しいことはないよ」


 もはや隆一は泣いて言葉にならなかった。呼吸も定まらず、きゃんを見つめるも涙でその姿がかすんでしまう。脳裏に焼き付けていたいのに。涙がそれを邪魔する。隆一はきゃんの手を握りしめた。


「ね。隆一。再婚していいからね? もう“お母さん”使っちゃダメだよ。約束……ね」


 きゃんの力無い言葉に、隆一は泣きながらうなずいた。


 しかし、隆一はきゃんとの約束を守るつもりはなかった──。

 部屋に帰ると、冷蔵庫の上から『母の家』と書かれたダンボールを取って中から黒い箱を取り出す。黒い箱はほのかに光って『願い事をどうぞ』との文字を流した。


「妻の……きゃんの病気を治してくれ……」


『wwwwwww wwwwwwww ……失礼』


 挑発するような文字を消し、すぐに新しい文字を表示する。


『代償は?』


「肺の片方で頼む! 助けてやってくれ!」


 だが返答として、すぐに警告音が出た。


『14%取り除けます。代償を追加しますか?』









 14%──。






 14%だった。



 肺の一つでたったそれだけ。



 それだけだった。




 隆一は胸の中から湧いてくる言葉を吐きながら床に泣き伏した。


「くそ! くそ! くそぉ!!」


 自分の無力さに泣いた。願い事はキャンセルせざるをえなかった。





 次の日。隆一は妻であるきゃんのお見舞いに行った。彼女は疲れたのか少し眠っていたが、隆一を見ると嬉しそうに目を覚ます。


「きゃん?」

「隆一ィ……」


「もうすぐ退院だって。お医者さんが」

「ホント?」


「ホントさ。だからそれまでちゃんと治療するんだ」

「うん。ね、隆一」


「なに?」

「……お母さん、使わなかったね。エライエライ」


 彼女は、箱を使わなかったことを褒めた。


「きゃんがいいこいいこしてあげる……」


 きゃんは力が入らないであろう細い腕を上げて隆一の頭を優しくさする。泣くまいと思っていたが、溢れる涙は遠慮なくこぼれ出す。隆一は彼女に泣きすがった。その隆一の頭を彼女は撫で回す。


「きゃん。きゃん」

「なに?」


「好きだよ。愛してる」

「私もだよ。隆一」


「どこにも行かないでくれ……」

「……うん。ごめんね……。隆一……」


 隆一は話した。

 彼女が産まれたこと。

 赤ちゃんの数時間が大変だったこと。

 ぼうろを震えながら食べたこと。


 大人になって仲良く、楽しく過ごした最高の時間。


 ありがとう。

 産まれてくれてありがとう。

 赤ちゃんを宿してくれてありがとう。


 二人だけの時間をできるだけ一緒にいることにした。その時が訪れるまで。だが隆一は日に日にやつれて行く彼女を見ていられなかった。

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