第183話 総理、窮地
芦屋議員の国会での立場は大きく変わった。自分はヒホリント星人の友人。
それを国会でもマスコミの前でも明言する。
少し前までは馬鹿にされていたであろう話だ。しかし今の日本は宇宙人アレルギーだ。
ラドキォー星人の攻撃は日本を半身不随にした。ライフラインの整備もままならない。
しかし芦屋議員は言う。
ヒホリント星人に頼んで日本中の瓦礫を消したのは自分の功績だと。
それが本当なら確かに英雄だ。今では人々が平気で道を行き交いできる。車だって走れる。少し前は車での移動は瓦礫衝突の危険性があるので禁止されていたほどだ。
それが芦屋議員のおかげでなくなったと人々は思っている。
芦屋議員は鼻高々だった。しかし本当にそれをしたのは誰あろう内閣総理大臣、安倍である。黒い箱に己のがん細胞を与えて叶えたのだ。
だから安倍だけは芦屋のそんなハッタリを鼻で笑っていた。
芦屋はそれが気に入らなかった。
国会期間中。安倍と芦屋は通路ですれ違う。
安倍の回りには警護のSPだけだが、芦屋の回りは人だかりだ。どっちが総理大臣か分からない。
すれ違いざまに芦屋は挑発する。
「支持率が大幅ダウンだそうですが。総理も支持率上昇をヒホリント星人に頼んでみてはいかがですか?」
総理はそれに一言だけ返す。
「どうも」
芦屋は、自分を相手にしない安倍にますます腹を立てた。
自分は時の人でヒホリント星人の友人だ。日本中が心服し、野党のほとんどは連立を申し込んで衆議院94席が自分の物。しかも水面下では与党の中の60席の議員が中立を申し込んできている。
国民の内閣支持率は20パーセントを切っている。もはや解散は秒読み。そうなれば、自分は選挙で現与党に勝ち、ひょっとしたら総理大臣になれるかもしれない。
しかしこの安倍だけは自分に屈しないどころか馬鹿にした態度なのだ。
芦屋は去っていく安倍の背中を見ていた。芦屋の盟友に、安倍を裏切って与党から芦屋の元に来た金矢という人物がいた。元大蔵大臣で離党後は除名となって芦屋の側にしかいれなくなった男だ。
しかし今ではこちらに来て良かったと思っている。この寄せ集めの野党の中では自分は大ベテランで芦屋グループのナンバーツー。
だから安倍の寂しい後ろ姿が滑稽に見えたのだ。
「芦屋先生。総理などもはや風前の灯火。気にする人物ではありませんよ」
「金矢先生。大丈夫。分かっています。本日の会議の中で、目にもの見せてやりますよ」
「ははあ~……。それは一体なにで?」
「もちろん。ヒホリント星人に会議に来て貰うのです」
それにみんな驚いた。
「芦屋先生、本当ですか?」
「本当ですよ。国民も見えないものを信じろといっても信じられません。私はヒホリントの友人ですよ。彼らの外交窓口。ここで総理を確実に解散させるつもりです」
その言葉に回りの議員たちはワッと沸いた。ここで解散となれば政権交代間違いなしだ。そしたら自分たちは大臣になれるかもしれないと内心ほくそえんだ。
◇
その情報はあっという間に広がった。芦屋のほうでもそれでかまわなかった。
マスコミはすぐに記者会見を申し込み、会議の前に少しだけならと芦屋は受けた。
さらに、与党の中も大きく揺らいだ。中立組はますます多くなり、驚いた官房長官の岡太一は総理、安倍の元へと血相を変えながら向かっていった。
「総理、総理、総理!」
「どうしましたか岡くん。騒々しいですね」
「あ、あ、あ、芦屋くんが……」
「会議上にナンとか星人をつれてくるということでしょう? 質問状にもないふざけた行動です。それを許したら民主主義はどうなります?」
「で、ではヒホリント星人の来訪はいけないと?」
「まあどんな形式で来るかですよね。思い切り入り口から来るのか、フリップに写真でも貼り付けるのか? まったくやり方が分かりませんが。入り口からなら警備に止められるでしょう」
「し、しかし相手は未知なる力を持つ宇宙人です」
「ああ本当ならね」
岡長官は固まった。
「では総理は芦屋くんのハッタリだと?」
「そうでしょう。そんなものが芦屋の友人なんて信じられませんよ」
「た、確かに……」
「あんなハッタリに負けてなどいられません」
安倍総理は立ち上がって会議場へと向かった。
中にはいると、国営放送のほかに民営の放送局も入り込んでいる。
安倍は苦笑した。確かに芦屋に黒い箱を渡した。しかし彼が前から言っているヒホリント星人なるものが本当にいるなどとは信じられない。
それは芦屋の妄想、妄言であると思っていた。
そしていざ予算本会議が始まって芦屋議員の番となる。彼はライフラインの復旧についての質問の予定だった。
しかし出したのは10センチ四方のアクリル板のようなものだった。
「総理に質問いたします。前に総理は私の友人であるヒホリント星人に親書を出したいと仰ってましたね」
それに安倍総理は手を上げて「はい」とだけ答えて席に戻る。芦屋議員は続けた。
「私の友人であるヒホリント星人の指導者ダーは是非とも総理に会いたいとのことです。会ってくださいますね」
という質問だ。安倍総理は手を上げ、指名の後で檀に立つ。
「時間が合えばお会いいたします」
という答え。芦屋議員はニヤリと笑う。
「では今ではどうでしょう? わずかな時間ですが指導者ダーは会ってくださるようです」
と挑発。安倍総理は涼しい顔で、何の準備もないままお会いするのは失礼だと拒否した。
すると野党の席からヤジが飛ぶ。これは芦屋議員を後押しする言葉。
現在の与党には力が残っていない。安倍総理のみが余裕な表情なだけだ。
予算委員長も、圧倒的な声に冷や汗をかいて、総理に会うように進めた。
安倍総理は答えた。
「相手かたに失礼でありますが、芦屋議員がとりなしてくれるなら会うことも吝かではないでしょう」
芦屋は笑う。言質をとったと。そしてヒホリント星人への通信機器であるアクリル板へと話し掛けたのだ。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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