第182話 ファーストコンタクト
芦屋議員は喜んだ。これは本物だ。そう叶えて欲しい願いなど山ほどある。
「先日まで日本中にあった瓦礫が一夜にして消えました。あれはやはり宇宙人の仕業なんでしょう?」
『その通りです』
「やっぱり!」
芦屋議員は胸の前でガッツポーズをとった。思った通りだ。しかし黒い箱からしてみれば安倍総理もこの宇宙にある地球に住む宇宙人である。だがそんなものは黒い箱の理屈だ。当然、芦屋議員は誤解して受け取った。
「それはヒホリント星人でしょうか?」
ヒホリント星人は芦屋議員が学生時代に購入した雑誌に友好的な宇宙人として書かれていた。その情報を盲信的に今まで信じていた。
それは今までは苦笑されるものであったが、最近は芦屋議員を信奉する者たちにも広まるようになり、霞ヶ関周辺の瓦礫を消してくれた宇宙人として、オカルト雑誌に昔の情報と並記して特集されたりもしたので、それなりに国民に知れ渡っていた。
であるから芦屋議員としてはヒホリント星人は実在しなくてはならない宇宙人であり、いないでは通らないものだったのだ。
しかし当然、黒い箱からの返答は冷たかった。
『違います』
違っていた。少し残念だが、しかしまだのぞみはある。
「ヒホリント星人はこの宇宙に存在しますよね!?」
『ヒホリント星……? 存在致しません』
存在しなかった。芦屋議員は今まで自分が信じていた概念がこの宇宙人からの贈り物に覆されて絶句してしまった。
しばらく何も言えずに黙っていると、黒い箱から光る文字が現れる。
『願い事を言って下さい』
芦屋議員はため息をついてしばらく黒い箱を眺めた。それくらいダメージがあった。国会でも発言したし、雑誌にも掲載された。それがなかったら自分はどうなるのか?
「はぁ。瓦礫を消し去る力があって、なおかつ友好的な宇宙人はいないだろうか?」
『おります』
「え?」
芦屋議員は思わずその文字に食らいつく。願い事には体の何かを消耗しなくてはならないが、無償で質問に答えてくれる黒い箱。それが我が意を得たりという回答だった。
「この地球の周りにはやはり宇宙人の船があったりするのだろうか?」
『地球の周りと限定すると僅かながらにいます』
「そ、それは侵略ですか?」
黒い箱は淡く光る。
『貿易、調査、偵察ですね。もちろん我が利のためのものが多いです。大軍は発せられてはおりません』
「すごい!!」
芦屋議員は叫ぶ。余り地球人にとってはよくない現実ではあるが、彼は本当に宇宙人がいることに感嘆の声を上げたのだ。
「そ、その中から友好的な宇宙人にヒホリント星人になって私の味方をして貰うわけにはいきませんか?」
『出来ます』
──出来ます。
──出来ます。
──出来ます。
芦屋議員の頭に嬉しい言葉が往復する。
「では友好的な宇宙人をヒホリント星人として、私の友人、味方として欲しいです。その暁には、私はヒホリント星人との地球での外交の窓口としてください」
『代償を言ってください』
「代償……。羊羹は毛先で叶えられた。ヒホリント星人との友好がどのくらいで叶えられるか分かりません。なにを差し出せばいいですか?」
『では虫垂はいかがでしょう?』
「虫垂? 盲腸のことですか? それを引き出されては私は痛くて死んでしまうかもしれない。大丈夫なのでしょうか?」
『いいえ。痛みなどは生じません。今までのお客様からも痛くも痒くもないと好評でございます』
どうやら、この宇宙からの贈り物は地球より格段上の科学技術を持っており、痛みもなく内臓を取ることが出来るのだと芦屋議員は納得して頷いた。
「ではそれでお願いします! 友好的な宇宙人ヒホリント星人は私の友人で、私はその外交窓口!」
『叶えられました』
黒い箱から空へと白い光が伸びる。まるでレーザー光線のように。やがてそれが消えると今度は芦屋議員の下腹部に赤い光が照射。しかしそれはわずかな時間だった。
「こ、これで私は宇宙人の外交使節に!?」
芦屋議員が嬉しい喜びの声をあげていると、その目の前に光る。そこには3Dの映像があり、地球人とは違う類の身分高そうな人物が映っていた。
身体中、像のようにシワがあり、少しだけ首が長い。頭髪はない。二足歩行で後ろに手を組んでいる。
それが芦屋議員に話し掛けてきた。
『やあ地球の友よ。私はヒホリント星から来たダーというもので、この宇宙船の指導者である』
「し、指導者! 私はこの地球の日本という国で国会議員をしております、芦屋道治と言います。あなた方のご来訪を歓迎します」
『それはそれは。手厚い歓迎に感謝します。ここはとてもよい星ですね』
「ああ、なんというありがたいお言葉! しかし残念ながら地球人はあなた方の存在に懐疑的です。我が国の指導者ですら信じません」
『なんということでしょう。そんな馬鹿な話があってたまりますか』
「お怒りはごもっともです。是非とも我が国の国会に姿を現して、その存在を見せて欲しいです」
『ああ、なるほど。そうすれば我々との友好の近道になるのかもしれませんね。あなたのようなかたが議員止まりだなんてもったいない。是非とも地球の指導者となるべきです』
ダーからの言葉は芦屋議員にとって嬉しいものばかりだった。
芦屋議員はダーへと申し込む。
「この通信方法で我が国会で友好を演説していただくことは出来ますか? 私はヒホリント星人の存在を国会に申し出ます。その後、セッティングしますので」
そう言うとダーは地球人と同じように感心して微笑んだ。
『それは我らも望むところです。実のところ知己もなく地球とのコンタクトを断念しかけていたところでした。これで友好的に話が出来ます』
すると、芦屋議員の前に片手で握れるサイズの物体が出てきた。
『それを握ってみてください』
芦屋議員はダーに言われるままにそれを握ると、10センチ四方に拡大されたアクリル板のようなものが出てきた。それにダーが映っている。
『これは携帯用の通信機器です。それで必要なときに呼んでくだされば、正装して指示された場所へと映像通信しましょう』
との言葉だった。芦屋議員は大変喜んだ。ダーも話が終わり通信を終わらせたようで部屋から映像が消えた。
芦屋議員はガッツポーズをとった。未知なる力。人間の計り知れない科学力を独占した気持ちに、どんな人間よりも上の立場となったと感じたのだ。
黒い箱はそれをせせら笑うように光を点灯させながら見ていた。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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