第180話 無能なハッタリ
ラドキォー星人の襲撃による日本中の瓦礫は、内閣総理大臣、安倍清陸が黒い箱に願ったために消え去っていた。
しかし、それは人の力ではないことと誰しもが思ったのだ。
国会議事堂──。
衆議院予算委員会の席上、内閣に対する質問で、それは自分のお陰だと言ってのける人物がいた。
野党の中心人物の一人である芦屋道治である。
それは実にサラッと。自分はこんなに国に尽力したのに政府は何もしないと国民に政府の無能ぶりと自分の偉大なる力を示したのだ。
「私が昼夜を惜しんでヒホリント星人に祈り続けた結果、彼らの偉大なる力で日本中の瓦礫は消え去りました。しかし内閣は何をしたでしょうか? まごまごといたずらに復興を遅れさせただけではありませんか? 総理にお伺いしたい」
国会内は驚いてどよんだ。まさか芦屋議員が瓦礫を消した人物であったとはというざわめき。与党も野党もざわざわと声を上げた。
それに安倍総理大臣は手を上げる。予算委員長も、芦屋議員に驚いていたのでそのまま安倍総理を指名した。
「な、な、内閣総理大臣」
「はい」
芦屋議員は自分に浴びせられる称賛の声を口を曲げて聞いていた。そんなざわめきの中、総理大臣は壇上に立つ。
「それは質問ですか? では違います」
そういうと席に戻ってしまう。一同ポカンとしていたがその通りだ。芦屋議員の質問は政府は復興を遅らせていただけではないかという話なだけだ。それに対して違うと答えた。
しかし、芦屋議員は真っ赤になった。自分に対するお礼が一言もない。対する総理大臣は自席で涼しい顔。瓦礫が消えたことを気にも留めていない。
安倍総理にしてみれば、瓦礫を消したのは自分だと知っている。芦屋議員のウソだと知っているのだ。
──だが。安倍総理は自身で芦屋議員に黒い箱を贈ったということを知っている。芦屋議員が自信を持ってこんなことを言うのは、元々ハッタリをかます人間なのか、目に見えない力が自分にあると信じているのか──。それとも黒い箱に何かを願ったのではないかと勘ぐったのだ。
◇
この国会は国営放送によって全国に放映されていた。あらゆるメディアの政治部も注視していた。
その中に気になる言葉。芦屋議員がヒホリント星人に祈って瓦礫を消したという言葉。
前までなら誰も信じなかったろう。しかしラドキォー星人の襲来。あれも中学生が呼び込んだもの。
人間が作りあげた技術や科学を超えた力。それを持っている地球外生命体がいると誰しもが分かってしまった。
その呼ぶ力を芦屋議員も持っている。
しかも、そのヒホリント星人は友好的で困っている我々を助けてくれるようだと。
メディアは国会から出て来る芦屋議員になだれ込んで取材した。
「芦屋議員! あれは本当ですか!?」
「あれ? あれとは?」
にこやかにしらばっくれている。明らかに気付いているのに、記者が聞くことを待っているのだ。
「ヒホリント星人ですよ。彼らが瓦礫を消してくれたのですね」
「ありがたいことだよね」
「我々地球人に友好的ですか?」
「私の大事な友人だよ」
「地球を襲うことはありませんか?」
「まさか。大事な友人ですよ」
ひとつひとつの質問に記者から歓声が上がる。芦屋議員は得意気だった。
「それにしても総理の態度はありませんでしたね」
「と、いうと?」
「芦屋議員にお礼の一言もありませんでした」
「総理も多忙ですよ。日本の復興を遅らせたり、賄賂を受け取ったり、企業の足を引っ張ったり、軍事に力を入れることで忙しいんだから」
記者から爆笑がおこる。メディアはこの手の話が大好きだった。
「芦屋議員が総理大臣となったらどうします?」
「まずは国民の生活が第一です。大幅な減税をします。消費税も思い切り下げたいですね。その代わり大企業には増税し、多すぎる防衛費は削り、余計な予算の見直しを図ります。利権を求めた変な予算組みがきっとあるはず。それで溢れたお金を国民のために使いますよ。そうだなぁ。一人10万円ずつとか?」
「おおすごい! 期待してますよ!」
終始そんな調子で記者の取材は和やかに終わった。
◇
安倍総理はそれを公邸のテレビで見ていた。そして思い切り苦笑する。
「スゴいな。10万円か。ということは国民に120兆円捻出するわけだろう? ラドキォー星人の攻撃にようライフラインの復旧に使っているので、どんなに頑張ったってそんな予算はとてもとても……。もしも政権をとったとしてもすぐに記者会見を開いて謝るのがオチだ。まさか我が国には一億二千万人いると知らないのか? 10円配布したって十二億なんだぞ?」
安倍総理は立ち上がる。
「しかし、そんな言葉に疑いもせずに騙される国民も多いのは事実だからなァ」
安倍総理は寂しげにつぶやいた。
◇
議員宿舎──。
芦屋議員の部屋である。彼は机に向かって引き出しを開ける。そして辺りを見回した。誰もいないことを確認すると、引き出しに手を突っ込んで“それ”を出した。
それは黒い箱だ。芦屋議員へ向けて「願いを言って下さい」の文字。
芦屋議員はそれを見てほくそ笑む。
「ふふふふ。なんて素晴らしい。総理の座なんてすぐに掴めるぞ。それよりも人ならぬ力──。くくくくくく」
芦屋議員の声は小さく重く鳴り響く。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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