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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
紀文と吉原篇
178/202

第178話 襲撃

 白い玉は紀伊国屋屋敷の天井を突き抜け、空に飛び上がる。


『見つけた。あそこだね。奈良屋茂左衛門!』


 白い玉は、回転しながら江戸の町を滑空して、奈良屋の屋敷へと落ちてゆく。侵入など簡単なことだ。もう自分には、遮断するものを突き抜ける能力がある。


 奈良屋屋敷の天井を通過して、奈良屋茂左衛門と対峙する。奈良茂は、それがなにかわからない。


「なんだこれは? 白い……玉?」

『初めまして。間抜け面』


「は! しゃべった!」


 奈良茂は面くらって、後ろに倒れ込む。その刹那、後ろにあった壁が倒壊しでしまった。白い玉は、衝撃波を飛ばしたのだ。それは、力強く、分厚い。まともに食らえば即死してしまうだろう。


『運のいいこと! 東照宮改築も、その運で受けたと思っているようだが、あれは宿主を食い殺す寄生虫さね!!』


 それは黒い箱のこと。白い玉は黒い箱に並々ならぬ恨みがあることを見てとれる。

 しかし奈良茂にはその意味が分からない。這いつくばって逃げようとするものの、白い玉は浮いたまま力を放つと、周りの障子や襖がすっ飛んで倒れ、奈良茂のいる部屋は柱だけの丸裸。

 驚いて使用人たちが駆け付けるものの、輝く白い玉に怯え平伏すばかりだった。


『そこにいるんだろう、寄生虫! 出ておいで!』


 とたんに、奈良茂の黒紋付は破れ、懐から黒い箱が転がったが、体勢を整えて白い玉に文字の面を向ける。


『笑笑笑笑』


 笑っている。白い玉はその文字に激怒した。


『いつまで笑っていられるかしらね? 私は巨大な生命力を得て神となったのよ! 屋敷ごと死ねィ!』


 白い玉は力を放ったが、黒い箱はそれを見えない壁を作り出してガードし、収めてしまう。

 これは、奈良茂が以前に両足の小指で願ったものである。自分の力を封じられて白い玉はさらに憤怒した。


 白い玉はスッと浮き上がり天井を突き抜ける。そして、力を込めると、その表面は水に溶かした絵の具のような紋様が現れる。

 赤黒く、血を溶かしたように──。

 だがそれで終わりではなかった。その赤黒さも、赤みを失い、次第に真っ黒に染まってゆく。さながら『黒い玉』であった。


『今こそ神なる力で天誅を与えん! 滅びよ!!』


 黒い玉から、地上に夥しい衝撃波が届く。それは奈良屋の屋敷を潰し、江戸の町を大きく揺らした。






 時に元禄十六年十一月二十三日。

 元禄地震である──。マグニチュード8超、強いところは震度7。相模トラフ大地震と伝えられ、倒壊した建物は万を越え、江戸近隣の沿岸部には津波が押し寄せ、多くの建物や人を流してしまった。

 死者は約七千。辺りでは出火も起き、江戸の町は大きな被害を受けたのであった。


 砂煙と人々の悲痛な声が巻き起こる中、黒くなった白い玉は大きく喘いでいた。そして笑い出す。


『ハァハァハァ。……ふふふふ。やった! やったぞ! これぞ神なる力!』


 黒くなった表面の色が、徐々に白に戻っていく。だが白い玉は気付いた。


『ん? まだ奈良屋茂左衛門の生命反応がある。しかも、傷を負っていない! あの蛆虫め!』


 叫んだところで、大きく下からカツーンと突かれる。まるでビリヤードの球のように大空に弾かれたがこらえてそこを確認すると、黒い箱の追撃であった。


『呵呵大笑』


 ハッとして白い玉は怒りに燃える。


『クソ! クソ! クソ! 殺してやる! 殺してやる!』


 しばし、空中戦である。白い玉はお返しのように黒い箱にぶつかろうとするが、黒い箱は笑って避けてしまう。さながら遊ぶ蝶である。

 白い玉は作戦を思い直して、黒い箱に近付いて、怨念を込めて衝撃波を送った。


 それは、今までのように面の衝撃波ではない。点の衝撃波。黒い箱のサイズの黒い箱を消し飛ばすための攻撃だ。


 神と同じ力を得たためか、それは黒い箱に直撃し、黒い箱は大空の彼方へと消える。

 飛んでゆく黒い箱に文字が現れる。


領界誤脱(コースアウト)。契約無効』


 その文字は誰にも見られることなく消えてしまった。

 この攻撃により、黒い箱は余りにも離れてしまい、奈良茂の防衛は消え去った。黒い箱との契約は一方的に解除されたのだ。


『はっはっはっは! ざまぁ……。ざまぁみろ! これぞ、私の本来の力なのだ! 二度と私の前にツラを出すな!』


 それは負け惜しみに似た遠吠えのようだ。遠くへと飛ばしはしたものの、黒い箱を破壊できなかった。

 だからこそ、この溜飲を下げるために江戸の町を向き直る。


『コイツら全員皆殺しにしてやる。奈良屋も文吉も、みんなみんな私の敵だ! 滅びよ!!』


 白い玉の表面が、赤から黒へと変わる。






 その時だった。


『な、なんだ?』


 黒い玉となった白い玉が止まる。そして、表面の色も薄くなり、激しく輝く色もうっすらと消え、僅かに点滅する程度である。


『く、くぬぅ! 熊吉! 手向かいするか!』


 白い玉はおおきく体を揺らして、もう一度力を貯めようとする。

 しかしダメ。まるで下から掴まれて引きずり込まれるように落ちてゆく。


『こ、こやつ! 私の食糧のクセに! ただの栄養のクセして──』


 白い玉は加速して落ちてゆき、やがて大きな屋敷の中へと落ちる。

 その屋敷は半壊しており、狭い通路の中で身動きできない二人がそこにいた。


 まさに、文吉と几帳であった。

 文吉の少し離れたところに白い玉がある。文吉は熊吉を食われた恨みを叫ぼうとしたが、白い玉のほうから話し掛けられた。


『よおゥ。義兄。挟まれて難儀してやがんな。ちょっと待ってろ。今、手を貸してやるぞ』


 白い玉が力を込めると、辺りが倒壊して、二人は何とか抜け出せる状態となった。

 文吉は叫ぶ。


「熊吉! 熊吉か!?」


 それに、白い玉は発光してから答えた。


『そうだ。だが長い間は話せない。俺はこの玉を遠くに捨ててくるからよ』


 文吉は泣き出してしまい、声を出そうとするが出て来ない。ただ、ただ、白い玉へと手を伸ばすだけだ。

 几帳も、その声にもう熊吉とは会えないことを悟った。


『几帳』

「はい」


『そんなに泣くな。別嬪な顔が台無しだ』

「だって、だって……」


『すまねぇ。一緒にはなられねぇ』

「ああ……!」


 そこに崩れ落ちてしまう几帳。しかし熊吉の声を出す白い玉は少しずつ浮き上がる。


『二人とも俺の分まで生きてくれよ。達者でな』


 白い玉の光が増してゆく。


『几帳──。来世があるなら、そこで一緒になろうな!』


 そう言い残すと、白い玉は猛スピードで上空へと飛び上がり、奥多摩の山中へと墜落した。

 深く、深く、地中へと──。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『来世があるなら』 うおおおおーーーーーん! 熊吉ぃいぃーーーー! あんたぁ本物の男だぁーー!
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