表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
男とアイドル篇
17/202

第17話 本物、偽物

挿絵(By みてみん)


このイラストはID:828137 遥彼方さまに贈って頂きました。

 そこに隆一がテンション高く帰ってきた。


「ただいま~!!」


 踊り狂って回らん勢いだ。きゃんはテーブルに食器を並べていたが玄関に走っていった。


「おかえりぃ~ん」


 そう言いながら抱きついてキス。隆一はきゃんの背中に手を回して極度に密着した。そして唇を離して至近距離で話をする。


「ふふ。外まで鼻歌聞こえたよ。やっぱ『わん探』の曲なんだね」


 そう言うと彼女は口を押さえた。だが隆一は気付かずに続ける。


「ね。歌ってよ。曲」

「……いいけど」


「新曲歌える? 新曲」


「歌える……よ」


 ためらいがちなきゃんとはうらはらに、隆一はキッチンのイスに座って楽しげに拍手する。きゃんは深くため息をついて下を向いたが、スッと顔を上げお玉を手に取って口に向けた。


「もう、しょうがないなぁ~。……はーい! 皆さん。わんわん探検隊のメンバーズライブツアー。略して『わん探メンライブツアー20XX』へようこそ。今日も元気でワンワンワン。あなたのハートに首輪をつけちゃう。わんわん探検隊の鈴村きゃんです。さぁ最初の曲はこの曲。新曲の『おいでブラウン団長』いってみよーっ!」


「すげぇーー! 本物!! ライブヴァージョン!? くぅわぁーー!!」


「Hi! 立って! そうそう拳突き上げてー! 成田隆一そんなもんかい!? もっともっとテンション上げていこーーっ!!」


 きゃんはプロ根性を出し、ふっきって振り付きで歌った。隆一はそれに答えんがための立ち上がって、オタ芸。キッチンがまるでライブ会場。

 新曲を歌い終えた後、隆一にリクエストされるがまま、きゃんはまた数曲歌った。


「はーー。最高だ。あ! そうだ。写真」


 隆一はきゃんに顔を付けて写真を撮ると、きゃんは呆れた。


「もーー。ご飯にしようよ~」

「あ、そうか! んふふ。お弁当美味しかったよ~」


 そう言いながら弁当箱を差し出すと、きゃんも嬉しそうに隆一の方を見る。


「ホント? ホントに?」

「本当さ! こんな美味しいお弁当初めて!」


「あ~ん。隆一ぃ~」


 抱きついてキス。新婚ならではだ。二人で楽しく夕食。隆一は会社で結婚したことを信用してもらえなかったこと。

 きゃんは、ぼうろがいかに最高の食べ物かについて語った。


「そうだ。“ぼうろ”と朝食の食材買いにスーパーに行こう!」

「え? うん」


「隆一の冷蔵庫の中、もうほとんどないよ。お弁当の食材も買わないと。私、お金持ってないから。よろしくね。大黒柱さん」

「あ、了解。了解」


 二人は外に出た。きゃんは腕を絡ませてかなりベタベタに隆一にしがみつく。そんな、二人を道を行き交う人は引き気味に見ていたが、彼らに近づくと「え?」という顔でみんな振り返った。


 スーパーに入って隆一が押すカートにきゃんが食材を入れて行く。周りがざわざわとしている。そこに三人の女子高生が近づいて来て、きゃんに話しかけてきた。


「あの! ……鈴村きゃんさんですよね。握手してもらっていいですか?」


 彼女の前に立って手を出したが、きゃんは笑いながら顔の前で手を横に振った。


「まっさかぁ~。違いますよ〜」


 そう言って断り女子高生の前を通り過ぎる。レジに行くと男性の店員。彼は真っ赤な顔をして下を向いた。


 彼は無言で商品をスキャンして行く。しかし時折きゃんのほうをチラ見していた。そして意を決したようにきゃんを見るようで見ないような顔の向け方をして聞いてきた。


「あの……。撮影ですか? 一般のスーパーできゃんちゃんが買い物したときの反応……みたいなドッキリですか?」


 声は聞こえるか聞こえないか。そしてドコを見ているのか分からないような感じ。まるできゃんと話したり見たりしたらヤケドでもしてしまうかのように。

 それに、きゃんはやはり顔の前で手を振って気さくに答えた。


「いえ違いますよ。私この辺に住んでる主婦ですもん。アイドルのきゃんちゃんじゃないです」


 店員は本物じゃないと聞くと驚いて顔を向けた。


「えええーー!? ……でも、そっくりですよね〜!」

「ええ。でも向こうが似てるだけですよ。近所なんでこれからも買い物来ますから。よろしくお願いしまーす」


「すごい。お願いしますの言い方もそっくり。こちらこそよろしくお願いします。はい」


 隆一は、自分の妻がきゃぁきゃぁ言われることに優越感があった。スーパーの袋を手にして店をでる。腕に絡み付いて来るきゃん。


「もー。みんなアイツのこと気にし過ぎ!」

「そりゃ、本物のきゃんちゃんが同じ空間にいりゃあ、みんなドキドキするよ」


 そのセリフにきゃんは隆一をキッと睨んだ。それに隆一は驚きたじろぐ。


「ね、隆一。本物ってなに? きゃんちゃんってなんなの? 私だけを見ていてよ。私だけ愛してくれるんだよね?」

「ちょーーっと! 当たり前だろ? オレだけのきゃんなんだから」


「きゃん……」


 彼女は足を止めてうつむいてしまった。隆一はやっちまった。調子に乗って呼び捨てはまずかったかと思い、きゃんの顔を覗き込んだ。


「あ……。怒った? 呼び捨て」


 聞いてみると、きゃんはとっても嬉しそうな顔を上げた。


「……ううん。……いい。すごくいい!」


 そう言うと、きゃんは肩に手を回して熱烈なキスをしてきた。


「よ、よかった。で、でも人が見てるよ! きゃん!」

「いいの! こんなところでゴメンね。隆一!」


 猛烈なキスの嵐。さんざん道端でご近所に熱いところを見せつけたところで、きゃんは眉を吊り上げる。


「アイツなんて、本名“ふく”だから」


 そう吐き捨てるように言い放つ。非公開の鈴村きゃんの本名。本人と僅かな者しか知らない情報だった。


「え? そーなの?」

「そーだよ。でも私はきゃん。隆一だけのきゃん」


「やった! うぇーい!」

「あ!」


 きゃんは立ち止まった。


「どうした?」

「あーん。“ぼうろ”買うの忘れたぁ~」


「プフ……。ホントに好きだね。じゃ、あそこのコンビニで」

「やったぁ! 隆一大好きィ〜〜! それそれ、突撃ィィィ〜ッ!」


 二人はなだれ込むようにコンビニに入った。店の中は、またスーパーと同じような反応だったが、きゃんはまた自分はアイドルではない。近所の主婦だと伝えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ