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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
男とアイドル篇
16/202

第16話 主婦の一日

 次の日の朝6時半。隆一はまだ夢の中だった。夢うつつの中で、実家で良く聞いていたような生活音を耳にしながら寝ていた。


「ほらほら。隆一。起きなよ」


 可愛らしい声の主が隆一をゆり動かす。それによって隆一は重いまぶたをゆっくりと上げたが、目の前のきゃんにまぶたは急上昇。


「うわ! きゃんちゃん!」


 そこにはエプロン姿のきゃん。隆一は驚いて目を覚まし、ベッドの上でバタバタと狼狽した。


「なに?」


 笑顔できゃんが聞くとようやく落ち着いた。昨日の蜜のような晩の出来事が思い出される。


「夢じゃなかったのか……」

「ふふ。ホラ。昨日楽しかったね! 頑張ったから疲れちゃった? もーう。起きて顔洗って、朝ご飯食べて」


 きゃんに促されて、隆一は顔を洗って食卓につく。そこにはハムエッグにレタスとトマトが添えられている。温かいスープと焼いた食パンが皿の上に置いてあった。


「うわーー! うまそう!」

「そう? こんなの簡単だよ。あるものでしかできないからこれしかないけど。さ。食べて」


 隆一は手づくりの料理に舌鼓を打った。


「あー! ……幸せ」


 隆一の言葉に、きゃんも嬉しそうに微笑む。その時、隆一の目覚まし時計がなった。


『さぁ! 朝ですよー! 今日もきゃんがいいこいいこしてあげる! 元気出して出発進行! わんわん探検隊の鈴村きゃんです!』


 隆一は慌ててベッドへと走り目覚ましを止めた。通販で買ったわんわん探検隊グッズの一つ。鈴村きゃん目覚まし時計。隆一が好きで買ったもの。しかしそれが彼女の前で鳴ることになぜか罪悪感があったのだ。

 ゆっくりと彼女の方を振り返ると、きゃんはそんな隆一をじとーと見ていた。


「あはは──」

「もう。隆一は浮気者だなぁ~。隣の人の裸は覗くし」


 隆一は驚いて時計を持ったまま下を向いてしまった。


「知ってるのか──」

「知ってるよ。隆一のことは全部知ってる。妻として隆一の情報を植え付けられてるからね。ホントに悪い人。この部屋のポスターも私のオリジナルのでしょ? これとかはいいけどさ。もう悪いことしちゃダメだよ?」


 きゃんは盗みを働いたことを咎めた。隆一は反省してうつむきながら答える。


「う、うん」


 きゃんはそんな反省している隆一の顔に触れながら優しく語りかける。


「あのね? 隆一のこと好きだから言うんだよ? 直したらもっともっと好きになって上げる。そういう悪いことをやめて、“お母さん”ももう二度と使わない。ね? お願い」


 その彼女の懇願に隆一は顔を上げた。そしてもう二度と悪いことはしないと心に誓ったのだ。


「うん。もちろんさ」

「ふふ。じゃ、会社行ってらっしゃい! ねぇ。週末デートしようね! そーだ。隆一のご両親にも挨拶にいかないとね!」


「そーだね!」


 隆一は出勤準備をして玄関で靴を履き出す。それをきゃんはそばで嬉しそうな顔をして見ていた。


「じゃ、きゃんちゃん、行ってくるよ」

「うん。ちゅーは? ちゅー」


 隆一は鼻血を出してぶっ倒れそうになった。夢だった。そのシチュエーション。さすが、隆一の何でも知っている女だ。


 隆一は顔を近づけて彼女の唇を優しく吸った。そして唇を離す。だが隆一は照れて妻の顔を見ることができず下を向いたまま。


「じゃぁ……。行って来る……」

「うん! お仕事頑張って!」


 隆一は静かにドアをしめた。そして部屋の前で飛び上がって喜んだ。





 隆一は職場で終始ニヤニヤ顔。そんな様子が同僚を不気味がらせた。


「どうしたよ? 今日は「わん探」のライブの日じゃねーよな?」


 仲の良い同僚が聞いてくるので、もう隆一はこらえきれなかった。


「あ! おう。実はオレ、結婚しまして」

「はぁ? 狂った? とうとう「わん探」熱にやられてそこまで行っちゃったか」


 当然信じてもらえない。


「ホントだって! きゃんちゃんと……鈴村きゃんちゃんと!」

「ホントに? ほう! それはそれは! おめでとうございます! おめでたい人だ」


 呆れながら自分の席に戻って行く同僚。そのリアクションは当然だが悔しい。隆一は写真でも取ってくればよかったと思った。

 そして、結婚したのだから保健の手続きとかもしなくてはならない。

 結婚って大変だなぁとニヤけながら思った。





 その頃、きゃんは部屋の掃除をしていた。


「カビ臭。隆一ったら、よくこんなところで暮らせるよ」


 窓をあけて布団を干し、彼のたまった衣服を洗濯しながらテレビをつけると、ちょうどわんわん探検隊が新曲の告知をしていた。


「どうも~! いつも元気でワンワンワン。あなたのハートに首輪をつけちゃう。わんわん探検隊の鈴村きゃんです! 新曲の『おいでブラウン団長』をよろしくお願いしまーす」


「はは。よくやるよ。オリジナルは」


 呆れ顔をしながらきゃんは立ち上がった。そして先程のテレビの鈴村きゃんと同じポーズをとる。


「いつも元気でワンワンワン。あなたのハートに首輪をつけちゃう。わんわん探検隊の成田きゃんです!」


 完全に間違えないで自己紹介のコピーをし白目をむいた。


「バカバカしい──」


 彼女は独り言を呟いて冷蔵庫の上の『母の家』から黒い箱を取り出した。


「お母さん、おはよう」

『バカな娘』


「ま。朝からご挨拶ね」


 そう言いながらテーブルに黒い箱を置いた。そして、掃除の続き。隆一の本棚からきゃん系列以外のものを選んで読んだ。


「お腹すいてきたな。なんか食べるか」


 冷蔵庫を開けて食材をとる。彼女は肉を焼いた。そして、隆一が買ってきた食パンにレタスとともに挟む。


「お母さん、塩コショウ取ってよ」


 塩コショウの横にある黒い箱に話しかけるとその回答。


『代償は?』

「実の娘からも代償とるの? ちゃっかりしてる。ホントに悪い母親」


 仕方なく自ら塩コショウを取って振りかけた。お互いしばらく沈黙。といっても箱は文字だけだが。


「……ね。お母さん」

『??』


「私は隆一が好き。世界で一番好き。でも隆一は……」

『wwww wwwwww』


「うん、きっと、本物のことが好きなんだと思う」

『願い事をどうぞ』


「いい加減にしろよ。このクソババア」


 きゃんは、立ち上がって箱を『母の家』に投げ入れる。そしてひと仕事終わった休憩として、平たい皿に『ぼうろ』を音を立てて入れると、その音に震えた。


「んふ! んふ! これ。これ」


 好物のぼうろを一粒つまんで口に入れるとまた震える。そんなことをしながらテレビをみて、その後、洗濯物と布団を取り込んだ。布団にあたらしいシーツを敷き、枕元にティッシュを置いて、本日もあるであろう夜の一戦を思い、はにかみながら笑う。


 それから洗濯物をたたんで収納ケースに入れ、鼻歌まじりに夕食の準備を始めた。今日は隆一の好きな肉じゃがだ。

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