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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
紀文と吉原篇
150/202

第150話 東照宮改築入札

 ともかく、日光東照宮改築入札は紀伊国屋の勝ちであろう。ライバルの柏木屋は消えた。

 40万両手に入れば江戸一番の大金持ちだ。そうすれば白い玉から離れることは容易だ。もう頼らなくて済む。


 真面目に商売をしてミツを捜す。もしミツが見つかって独身ならば結婚を申し入れよう。

 そしたら夫婦して、この江戸一番の金持ちの生活を送るのだ。あの一文無しのみなしごの二人が日の本一の屋敷を持つ。なんと楽しいことだろう。


 文吉は東照宮改築を任されるのを待った。

 しばらくすると、紀州大納言からの呼び出しだった。これは東照宮改築の話であろうと、胸をときめかせて大納言の江戸屋敷へと駕籠を飛ばした。


 大納言の御前へとまかり越すと、大納言はなぜか申し訳なさそうである。


「お上、いかがなさいました」

「いやぁそれがのう」


 大納言はなぜか目を合わせようともせず、手元で扇を開いたり閉じたり。それを数度繰り返すとようやく重い口を開いた。


「東照宮大権現さまのお宮の件であるが、あれは文吉の店ではなくなった──」


 は──?

 文吉にはなにがなんだか分からない。ライバルの柏木屋はレースから離脱した。ではもう紀伊国屋しか残っていない。他には泡沫のような材木問屋しかあるまい。


「はぁ。もしや、改築自体がなくなったのですか?」

「そうではない」


「では延期ですか?」

「いや違う」


 なかなか大納言も言い出さなかったが、ようやく言い難そうに語った。


「他の材木問屋に決まったのだ」


 え……。

 文吉の心の中はただのそれだけだ。柏木屋を白い玉の力によって排除したが、他に名のある材木問屋など有りはしない。それに、自分にはこの紀州大納言がついていたのではないか?


 コネも金も実力も間違いなくあったはずなのに負けた。分けが分からなかった。


「一体、どこの材木問屋に決まったので?」

「うむ。余も懇意である紀伊国屋になるよう働きかけたのだ。十中八九そなたに決まりかけていたのだが、将軍さまのひと声。まさに鶴の一声だったわ」


「え? 将軍さまの?」

「左様。上様がお決めになった。それは奈良屋という材木問屋である」


「な、奈良屋?」


 文吉の目の前が暗くなる。聞いたことも無い屋号だ。文吉は目まいを覚え、大納言の前であったが、前に倒れかけて畳の上に手をついて耐えた。

 柏木屋を島流しにしてまで材木を引っ張り、確実に自分たちの勝ちだと思い込んでいたのでダメージが大きすぎた。


 そこに、大納言は上座より駈け寄って文吉に手を貸して起き上がらせた。


「のう文吉。そんなに落ち込むな」

「は、はい」


「余の力で、そちには寛永寺根本中堂かんえいじこんぽんちゅうどうの造営を任せるよう口を効いてやったぞ。上様は、大納言の故郷の者なら間違いない。任せようとのお言葉だった」

「ほ、本当でございますか?」


「うむ。これでそなたも威張って幕府の御用達だ。それから余もそのうちに紀州に帰らなくてはならない。余の代わりに幕府の要人と仲良うなれ」

「は、はい」


「余から側用人(そばようにん)柳沢吉保(やなぎさわよしやす)、勘定奉行の荻原重秀(おぎわらしげひで)に声をかけておいたぞ」


 そういって大納言は文吉に目配せする。文吉は畏れ入ってひれ伏した。


「何から何までありがとうございます!」

「よいよい。幕府の連中にも接待してやってくれ」


「もちろんでございます!」

「当然余にもな」


「ええ! それはもう!」

「じゃあ早速行くか? 熊吉と吉兵衛を呼べィ!」


「はい!」


 東照宮改築の入札はとれなかった。しかし大納言のお陰で寛永寺根本中堂の造営の仕事が貰えた。

 東照宮ほどの儲けはなくても幕府の御用達となれる。それだけで充分だった。

 文吉は大納言との縁に改めて感謝した。




 文吉は吉原で遊び、屋敷に帰ると神殿の白い玉へと報告に行った。

 神殿の襖を開けると白い玉は、うっすらと光った。


『どうだい、文吉。東照宮の入札は上手く行ったかい? まあ聞くまでも無いが──』


 いつもなら何でも知っている白い玉なのに、なぜか東照宮の改築がとれたと思っている。不思議がって文吉はたずねた。


「あのぅ。ご存知ないので?」

『何を言ってるの? 東照宮で40万両。これはまだ布石。まだまだ大金持ちになって幕府より金持ちになるわよ!』


「東照宮の入札は取れませんでした」

『???』


「東照宮改築は別の材木問屋に決まってしまいました」

『ま、まさかそんな──』


 白い玉はしばらく絶句。文吉は白い玉でも外すこともあって、ショックを受けるのだなぁと思っていた。


「ではご報告は以上です」

『ちょ、ちょっと待ちなさい』


「なんです?」


 立ち上がろうとした文吉を白い玉は止める。そして、言い難そうにしていたが、ようやく声を発した。


『そ、その材木問屋の名はなんという──?』

「え? ああ。たしか奈良屋とか」


『な、奈良屋? 聞いたこともない』

「ええ。アタシもですよ」


『お前はなぜそんなに落ち着いているのだい? 40万両をフイにしたのだよ?』

「それは大納言さまが別な仕事を与えてくれたからですよ。寛永寺根本中堂の造営です。これで紀伊国屋も晴れて幕府御用達です」


『そ、そう……』

「大納言さまには感謝しかありません」


 これは文吉の厭味であった。人の力で仕事をとった。自力だといいたかったのだ。もうわけのわからない白い玉の力ではないと。


『これ文吉や』

「なんです?」


『今度吉原に行くときは私を懐に入れてお行き』

「え? はぁ。まぁよろしいですが……」


 白い玉は少しばかり先の未来を読んだ。しかし白い玉にも、その未来もぼやけてよく見えなかった。

 なにかが見えそうで見えない。しかし行かなくてはならない。そういう未来であった。

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