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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
紀文と吉原篇
144/202

第144話 来訪者

 文吉と熊吉の江戸の住人との交流が深まることによって、吉原に通う量はますます増えていった。

 客を呼んで、傍らには吉兵衛を据え、遊女たちに三味線を弾かせ、踊りを踊らせながら遊んだ。


 ある日、屋敷の方に手紙が届いた。それは高尾太夫からであった。文吉としてはすでに忘れかけていた高尾太夫だったが、吉兵衛の言葉を思い出した。

 通えば天下一の女は旦那のものだと。


「いったいなんだろうねェ。文なんざ、初めて貰ったよ」


 読んでみると、主さんに会えずに寂しい思いをしております。食事も喉を通らず、何をするにも上の空。せめてお顔なりとも見せに来て下さい。という内容だ。

 普通の男なら飛び上がって喜ぶところだが、文吉は太夫の見え透いた営業だと感じ、ますます嫌悪感を感じた。

 それを熊吉に話す。


「いいじゃねェか。俺も朝露としょっちゅう遊んでるぞ。兄ィに気があるんだろう。どうだい。今日の接待の時に高尾を呼ぼうじゃねぇか」

「そうかねェ。そりゃ熊吉はいいよ。朝露は可愛らしい娘さ。しかしワシはどうしても太夫を好きにはなれないねェ」


「そんなこといったって、吉原の掟ではそれじゃいつまで経っても誰も抱けやしない。遊んでいても楽しかないだろゥ」

「うーん……」


 文吉は吉兵衛を呼んで、今日高尾から手紙が来たから行ってみようと思うというと、それじゃ私にセッティングさせてください。お座敷を準備しますんで。という話になり、またいつものように吉原の三浦屋の二階に陣取った。


 遊女を数人呼んで、いつものように遊んでいると、上座の襖がスッと開いて禿(かむろ)が二人、三味線を抱えて入って来て、その後ろに高尾太夫。

 座布団の上に足を揃えて座り、三つ指をついて挨拶をした。


「ようこそ、おいでなんしィ」


 相変わらず気取って愛想がないなぁと思いながら文吉も挨拶をする。

 普段、文吉が人付き合いする際に余りない感情が太夫の前だと沸き起こる。こんな自分よりも年下の女の子に、安く思われるのも嫌だった。

 しかし周りがくっつけたがるので仕方なく自分もその気にならなくてはならないのかなァという義務感があった。


「高尾太夫、本日はよいお天気でしたなァ」

「そうでありんしたか」


「お手紙を拝見したのでやって参りました」

「そうでありんしたか」


 文吉のほうでも気がないので大して太夫を褒めやしない。太夫のほうも、それがスタイルなのか、さっぱり気がない様子で言葉数も少ない。

 文吉はだったら手紙なんて書くなよな。という気持ちで、体を他の遊女の踊りに向けようとすると、太夫は禿にキセルを用意させ、たばこを一口吸った。その煙を深く吐き出して一言。


「お大尽。一服のみなんしィ──」


 そういってキセルの吸い口を文吉の方へと向ける。文吉は近付いてキセルを受け取り、赤く燃える先端のたばこを見ながら一服吸った。

 俗に間接キッスというものだが、自分の口に入ったものを男に渡すという行為は、好きだという合図であろう。

 文吉は回りくどいなァと思いながら太夫と話をすることにした。


「どこの出なんです?」

「ここ吉原でありんす」


「いやァ、そんなハズはねェでしょう?」

「わちきは吉原でありんす」


「ああさいですか。お歳は?」

「当年で18でありんす」


「はぁ~。苦労なすったでしょうなァ」


 文吉はあえて野暮な質問ばかり。吉兵衛から聞いていた。遊女たちは10歳前後で連れて来られて行儀や言葉を習い、歌や三味線の勉強、太夫になるには教養も深くなくてはならない。

 そんな太夫の苦労なんぞスルーするのが粋というものだが、文吉は太夫が大名と付き合いがあると自分を下に見ている感が嫌で自ずと質問も厭味になるのであった。


 その他にも文吉が野暮なことばかり言うので、太夫は三味線を手に取った。


「一曲お耳汚しではありんすがご披露いたしんす」

「ああさいですか」


 太夫の三味線は、濁りもなく、素晴らしいものであった。弾きながら歌う江戸の歌はまた見事でみんなが手拍子をした。

 曲が終わって拍手喝采。道を歩く者も足を止めて聞き入っていたがまた歩き出した。


 時間が来て、高尾太夫は三つ指をついて挨拶をする。


「また、おいでなんしィ」


 そういって、禿を伴って下がろうとするので文吉は立ち上がって止めた。


「これは心づけです。受け取って下さいまし」


 と、太夫に五両。禿たちに一分ずつ。普通のご祝儀よりもかなり多いので、この時ばかりは太夫も珍しく表情を見せた。


「なんでェ。可愛い顔も出来るんじゃねェか」


 その言葉に太夫は黙って下がっていった。


「ふん……」


 文吉は小さくつぶやく。その後で、遊女たちの方へと振り返り、手を上げて踊るような足つきだ。夜はこれから。楽しもうと言って踊り出す。そして遊女たちに一両ずつご祝儀を渡した。

 やっぱりこっちの方が楽しいなァと文吉は思った。






 それから数日。たまにはお座敷遊びじゃないことをしようと、吉兵衛を呼ぶと、湯島天神にお詣りに行きましょうと言うので、熊吉と孤児の定吉と千代を連れて向かうことにした。

 途中で子どもたちに飴を買い、千代の手を繋いでやると、親を失った二人は、久しぶりの家族気分を味わって楽しそうに笑っていた。

 定吉も千代も家族を失って、紀伊国屋の屋敷へと入り、たくさんの家族を得ていた。

 特に千代は、文吉に父親以上の尊敬を持ち始めていた。


「どうだ千代。仕事には慣れたか」

「慣れました。お清さんの赤ちゃんの子守をしたり、お野菜を洗ったりしてます」


 女の子らしい可愛らしい受け答えだ。太夫の禿はこれより三歳くらい上だなァと思った。孤児でもこの千代はここにいれることは幸せであろう。


「サダはどうだ。仕事はキツくないか?」

「大丈夫です、旦那。店の周りを掃除したり、近所の買い物。時々集金もさせて貰ってます」


「そうか。男なんだからしっかり働きなよ」

「へぇ!」


 しばらく歩くと、大きな塀だ。どこのお大名のお屋敷かと思い、吉兵衛に聞いてみた。


「ああ、これは江戸一番の金持ちで、紀伊国屋さんの同業ですよ。柏木屋さんです。しかし旦那の太左衛門(たざえもん )さんはお遊びをなさいませんのでアタシも付き合いはありません」


 文吉は足を止めてその屋敷を見てみると、自分の屋敷の10倍はあろうという屋敷だ。


「そうか。これが木曽檜問屋の柏木屋──」


 これに比べたら自分たちはまだまだだと思った。




 お詣りを終えて屋敷に帰ると、ちょうど来客であった。見ると裃姿の侍が三人。侍が来たのでみんなビックリしてしまった。


「これはこれはお侍さまがなんのご用でしょう」

「ここに、紀伊国屋の文左衛門という店主はおるか?」


「は。手前がその文左衛門でございます」

「左様か。お上がそなたのウワサを聞いてな。会いたいと申されておる」


「は。お上とはどなたで」

「うむ。屋号に我が国の名前が入っている江戸で大変な金持ちがいると聞いた。きっと我が紀州のものだと喜んでおられる。大納言さまだ」


「え? 大納言さまでございますか?」


 これは鷹を譲った紀州中納言、徳川光貞であった。紀州で別れてから約二年。大納言に昇進し、江戸に参勤交代でやってきていたのだ。つい先日、遊びに出掛けた折に出会った大名行列はまさに大納言のものであった。

 しかし、あれから文吉も熊吉も名前を変えている。これでは大納言さまも分かるまいと面白くなった。


「そうでございますか。数日の折に、ここに控えます九万兵衛とともに手土産を持ってお伺いいたします」

「左様か。お上も喜ぶであろう」


 侍たちは、文吉の言葉を持って屋敷へと帰っていった。

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