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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
男とアイドル篇
14/202

第14話 アイドル育成

 隆一は自分の胸の上に倒れている彼女を揺さぶって声をかけた。


「もしもーし。きゃんちゃーん」


 彼女はパチリと目を覚ましたが、次第にその顔中にしわが寄った。


「おんぎゃア! おんぎゃア! おんぎゃア! おんぎゃア!」

「わ! きゃんちゃん! どうしたの?」


 隆一は彼女が泣き止むまで背中を優しく撫でた。やがて彼女は泣き止み、隆一の顔に手を伸ばして触れ愛くるしい眼差しを向けてきた。


「あだ。あだ。だぁぁぁああ」


 楽しげに笑っている──。


 しかしまるで赤ん坊のようだ。どういうことなのだろう。彼女は自分の指を吸い始めた。本当に赤ん坊そのものだ。男は黒い箱の方を見て尋ねた。


「お、おい。箱……。これ本物のきゃんちゃんじゃねぇぞ?」


『あなただけの鈴村きゃんです。楽しい人生を送って下さい』


 そのように文字が出た。続いて新しい光文字が表示される。


『↓ ↓ ↓ ↓ ↓』


 矢印だ。横にスライドしては、また矢印が現れる。矢印が下を指している。そちらの方向を見ろと言うことであろう。

 男は黒い箱の下を見てみると、文鎮のように紙が挟まっていた。


 それは戸籍だった──。

 男の名前の欄に「隆一(りゅういち) 配偶者区分 夫」。その下の欄に「きゃん 配偶者区分 妻」と書かれていた。


 それは婚姻を示すものだった。二人は結婚していることになった。箱がどのようにしてこの戸籍を出したのかは分からないが、ちゃんとした市役所のものに間違いはない。欄外に市の名前も明記されてあった。

 きゃんは未成年だが18歳なので問題ない。間違いなく自分だけの“きゃん”。成田きゃんだった。


 これは本物の鈴村きゃんではないが、それはそれでいいのかもしれないと隆一は思った。


 きゃんはまだ歩けない。隆一はきゃんを抱いてベッドの上に横にして乗せた。なんでもすぐにキャラキャラと笑って可愛らしい。

 隆一は「いないいないばぁ」をして、おどけた顔を見せると、新生児のきゃんは声を立てて笑う。とても、とても可愛らしい。その思いは父性なのであろう。可愛らしく笑うきゃんに何度も笑いかけた。

 だが、どうにかしないといけない。それに彼女は裸だ。目のやり場に困る。


 それに食事。やはりミルクなのだろうか? そして服はどうしよう。

 笑っているきゃんだったが、そのうちにぐずりだしてきてしまった。


「眠いのかな?」


 隆一は頭をなでて安心させながら子守唄を歌った。じょじょにきゃんの目はとろんとして、そのうちに寝息を立てて寝た。


 今しかないと隆一はすぐに財布を取って大型ショッピングモールへ急いだ。そこで、まず彼女の服をカードで購入した。

 アイドルオタクの隆一はきゃんの身長、体重、スリーサイズも熟知していたのでお手の物だ。軽く着れるスウェット。トレーナー、ジャージ。


 照れながら女性ものの下着、肌着を買った。恥ずかしいなどと言ってられない。


 次に食事。粉ミルク、離乳食、ツナマヨのおにぎり、食パンとジャム。とりあえず食べれそうなものを買ったのだ。


 家に帰ると、きゃんは起きていてベッドの上で「あーん、あーん」と大泣きだった。

 隆一は安心させようと笑顔でガサガサとビニール袋の音を立てて彼女に駆け寄った。


「あああ、ほら。りゅーくん帰って来たよ!」

「うう。ぐず。ぐず。ぐす。ぐす。えへぁ。ああぁ。ああぁ。だぁ。だぁ」


 とても可愛いらしい。手を伸ばすので裸の彼女を抱きしめてやった。隆一は感動に打ち震えた。


 横になりながら手を広げている彼女に目をつぶりながら下着を付け、スウェットの上下を着せた。そして、ビニール袋から食事を出した。


「ほらほら。まんまだよ」


 最初にツナマヨのおにぎりを小さくちぎって口に入れてやると、なんとかモグモグと噛んでいる。


 ホッとした。ミルクじゃなくてもよいようだ。

 体は成人女子だ。歯もある。


 少しずつ、少しずつおにぎりを与えてやる。パックの野菜ジュースにストローを挿して出してやると、すごい勢いでちゅうちゅうと吸い始めた。


「きゃんちゃん、おのど渇いてたのかぁ」

「だぁだぁ」


 彼女もお腹いっぱいになったようだったので、隆一はまた「いないいないばぁ」や、童謡の「むすんでひらいて」、「げんこつやまのたぬきさん」を手振りを加えながら歌い彼女を楽しませた。スマホで絵本を探して読んでみせたが、それはまだ早かったようだ。


 買ってきたものから“ぼうろ”というお菓子を出して与えると、体を震わせて食べた。よっぽど美味しいのだろう。

 隆一は一粒ずつ彼女の舌の上に乗せた。それは舌の上でさらりと溶けてゆく。彼女はその度に体を震わせた。


 可愛くてしょうがなかった。このままでもいいのかもしれないと思った矢先だった。


 彼女の動きはピタリと止まった。


「あれ? きゃんちゃんどうしたの?」


 彼女は肩に力を入れて、真っ赤な顔をし出した。そして大きな排泄音。


 スッキリした彼女はきゃっきゃと笑った。


「ちゃー! ちゃー! ちゃー!」


「ああ。きゃんちゃん……。笑い事じゃないよ。お風呂にいかなきゃ。ああ、やっぱりアイドルだってするんだよなぁ。うわ! クッサ! こりゃ、シーツも捨てなきゃ。あ! きゃんちゃん! 触っちゃダメだよ! メだよ! メ! ばっちい。ばっちいだからね」


 怒られたと思ったのか彼女は泣き出した。しかし、早急に片付けなくてはいけない。彼女をお風呂に連れて行き、着せたばかりの服を脱がせてシャワーをかけて洗ってやった。目をつぶってデリケートな部分に手を添えて擦りおとした。

 そのまま廊下に座らせ、その間にシーツや汚れた服を捨てた。


 食べ物はいいとして、トイレなど自分に教えられるのだろうか。

 そして仕事はどうする。明日は仕事だ。その間、きゃんはどうなるのだと途方に暮れた。

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