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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
紀文と吉原篇
134/202

第134話 積み荷

 文吉の船は江戸の港に入り込んだ。港にはたくさんの人が出迎えており、我勝ちに船首に縄を結び、船の横腹に戸板を渡した。


「あんな大時化の中を船が来るなんて。一体どちらの船です?」


 熊吉は胸を張って答えた。


「紀州だ! 紀伊国屋文左衛門さまの船だ!」

「紀州! それは遠いところから。積み荷はなんです」


 船の乗組員は、養生していた積み荷にかけていた布を一気に剥ぎ取り、積み荷を見せた。


「みかん7000籠だ!」

「みかんですと!?」


 わあわあという歓声だ。紀州からみかん商人がやって来た。この船は紀伊国屋文左衛門さまの船だ。みかんは7000籠だと大騒ぎ。


 やがて仲買人が数人やって来て、みかんの品と質を見る。

 そして、これは間違いなく紀州のみかんです。ウチはこれだけ出しますので譲って下さい。いやいやウチはこれだけ出しますと勝手に値段をつり上げて、ついには一籠三分(75000円)という破格値にたどり着いた。一籠一朱(6250円)が三分。10倍以上になったのだ。


 文吉、熊吉、源八、その他乗組員たちもこんな夢のような話に感情なく笑うばかりで、仲買人が交渉成立と、勝手に金を置いてみかん7000籠を下ろしてしまうのを呆然と眺めていた。

 残ったのは5250両(5億2500万)という大金だ。


 この数日、元手12両で10両の鷹を買ってそれが1000両に化け、その1000両で船を買い、みかんを買い、今、船と5250両が残った。


 興奮と感動。みんな息を飲むのを忘れ、じっと金を見つめていた。


「ぶ、文吉──」


 熊吉の言葉にハッとなって、文吉は仲間たちを見回して空咳を打つ。


「こ、コホン。とりあえずみんな疲れただろう。今日はよい宿に泊まって、餅をたらふく食って酒を飲んで寝ようじゃねぇか」


 その言葉にようやく一同、声を上げて喜び文吉のために我先にと宿を探しに行った。





 文吉一家は宿の二階に陣取って、刺し身や秋の旬のものをつまみにしながら酒を飲んだ。餅も食ったことのないような上品な味で、文吉は生涯で初めて贅沢をした。

 そして熊吉と相談して、仲間たちを次の部屋に集めた。


「みんな。よく働いてくれた。そして、この江戸で一旗あげるのに協力してくれ。これは今回の仕事の俸給だ」


 一人一人に20両ずつ渡した。源八には50両。たった数日で数百万円の手当だ。みんな泣いて喜び、頭を下げた。


「おいおい、よしとくれ。残念なのは佐平次を失ったことだ。みなで佐平次を忘れないようにしよう。それが佐平次の生きた証になる」


 みんな佐平次を思い出し、黙祷を捧げたあと、疲れて酒に酔った体を投げ出して、深い深い眠りに落ちた。






 さて次の日、文吉一家は飛び起きて、宿の払いを済ませた後でめいめい文吉に従って千両箱を担いだ。

 江戸で商売するのに拠点となる屋敷を買わなくてはならない。文吉一家はまだ誰も所帯を持っていないので、みんなで寝起きできる場所だ。

 あまり元手を減らしてもならない。さればといって粗末な屋敷も体裁が悪い。5000両も持ってる分限者らしい大きな屋敷がいいだろうという話になった。





 士農工商の時代だ。士。すなわち武士が一等偉い。だが日本は当時の諸外国のようなカースト制の身分制ではなかった。

 天下の往来は武士が七割歩き、三割が町人と言われていた。これは武士が暇を持て余して、町人は忙しく働いていたからであろう。

 一割の武士と、九割のそれ以外。この農工商は横並びで、農民が商人にいばり散らすなどそういうことはない。

 身分一等の武士も町人に混じって芝居見物にも行っていたし、屋台で買い食いなどもしていた。女や丁稚の間に大小挿した武士が手ぬぐいで顔を隠して屋台で天ぷらをセルフで揚げている絵画もあるくらいだ。

 町人にしてみれば武士への感覚は、現代の公務員のような意識だったのだろう。


 また当時の税金。文吉が5000両を手に入れたので、莫大にとられたのではと思われるかも知れないがそうではない。

 商人の税と言えば“運上(うんじょう)”というもので、一定の金額を納めればそれでいいというものだった。

 文左衛門の時代から数十年経って“冥加金(みょうがきん)”という税が生まれるが、これも申告制。このくらい儲けたのでこのくらい納めますというものであった。





 さて、文吉一家は江戸を見て回り、京橋本八丁堀に大きな屋敷を買った。およそ800両。元々材木商を営んでいたようだ。いわゆる居抜き物件であろう。屋根付きの大きな倉庫があり、枕木が置いてあった。

 これはいいと家具や布団を買い込み、その他に立派な神棚に置くお宮を買った。それも二つ。一つは店先だ。これは商売繁盛を祈願する神主が店に来たときに拝みやすいように。もう一つは屋敷の奥の奥の小部屋。ここは文吉以外は立ち入り禁止。熊吉すら入ってはいけないのだ。それは白い玉の部屋であった。


 熊吉は、文吉がたまに神がかりになり、いろんな事を言い当てるのを知っていた。だからこそ神聖なる場所が必要なのだろうと、文吉の神事の部屋に対してなにも言わなかった。


 屋敷にいる際は、文吉は神棚に白い玉を置いて拝んだ。少し屋敷を離れるときは懐に入れる。つまり年中一緒ではなくなった。だが毎日これを拝むことにしたのだ。


「玉さま。これから商売を始めます。材木を集めます」

『文吉。言っておくけど、一番価値のある材木は、木曽檜よ。これを取り扱うことに意義があるの』


「はい。木曽檜ですな」

『でも木曽檜は尾張徳川の管理下よ。卸されるのはほぼ江戸の柏木家(かしわぎや)よ』


「え? それでは木曽檜では商売できないのでは?」

『そう。策略によって柏木家から木曽檜を引っ張らなくちゃならない。それに5000両ぽっちじゃ木曽檜を扱えない。もっと大金持ちにならなくちゃ』


「え? もっとですか?」

『そう。それが日の本一の金持ちになる道よ!』


 白い玉は神棚の上で神々しく金色に輝いたのだった。

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