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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
紀文と吉原篇
131/202

第131話 船員

 白い玉に言われた通り、文吉は熊吉を連れて市場へとやって来た。熊吉は叫ぶ。


「紀伊国屋文左衛門さまがみかんを買うぞ、みかん持ってる奴らは集まれィ!」


 熊吉の呼びかけに、売れないみかんを抱えた者たちが大勢集まってきた。

 みかんは底値で、相当に安かった。一籠(30kg)一朱(6250円)である。それを7000籠。約440両。重さにすれば約1165石(210t)だ。1000石(180t)の廻船にはかなりの過積載。

 それを人に運ばせて積むに積んだ7000籠。それでも金が余った。しかし、こんなに買うなど市場のものに酔狂だと笑われる始末。


「なんだってこんなにたくさん」

「もちろん売るのさ」


「こんなのこの辺ではクズ同然ですぜ?」

「もちろん。だから江戸に持って行く」


「はぁ……? 海から運ぶのには沖は大時化(おおしけ)。陸からはすでに大勢商人が出てますし、途中で腐っちゃうかもしれやせん。儲けなんて出ないかも知れませんよ?」

「だから海から行くのさ」


「海? こんな時期に海から行くなんて死にに行くようなもんです。まず船員が集まりませんぜ」


 その言葉に文吉と熊吉は顔を見合わせる。そう。問題は人集めだ。

 文吉と熊吉は威勢のいい漁師や、腕のいい船員を捜して声をかけたが、どれもこれも断られてしまった。さればといって二人だけでこんな大きな船を動かせない。

 みかん籠を船に乗せたものの二人は途方に暮れた。早くしないと腐ってしまうかも知れない。

 文吉は仕方なく熊吉の見ていないところで白い玉に伺いを立てた。


「玉さま。船を買い、みかんを買ったところで船員が見つかりません」

『みんな意気地がないわね。ではここから海をつたって北の浜辺にいくと、大きな焚き火をしている男衆がいるわ。其奴らに話をしてみなさい』


「な、なるほど。其奴らが船員になるので? ありがとうございます」


 文吉は熊吉を伴って、海沿いに歩いて行くと、果たして白い玉が言ったように大きな浜辺で男たちが固まって焚き火をしている。焚きつけにしているのは船の残骸のようだった。


「もし。あなたたちにお願いがございます」

「あ~ン?」


 文吉の問いに振り返ったのはガラの悪そうな船乗り。熊吉は文吉の前に守るように立って交渉した。


「ワシらは商人だ。ワシは九万兵衛。こちらにおわすのは旦那さまの紀伊国屋文左衛門さまだ。大変きっぷのいいかたで、給金は他の2倍出すぞォ。どうだ。ワシらの船の船員になっちゃくれまいか?」


 男たちは熊吉を一瞥するものの、すぐ目を逸らして、また焚き火を囲んで雑談を始めた。無視された熊吉は怒って声を上げる。


「このォ。なんだってんだよォ!」

「なにか風の音が聞こえるなァ」


 それに男たちは挑発するので、熊吉はますます真っ赤になって怒った。このままでは殴りかからん勢いなので、文吉はそれをなだめて改めて男たちと交渉した。


「すまない。弟の無礼は兄のワシが謝る。改めてキミたちを雇いたいがどうじゃ」


 心を込めて尽くすが、やはり男たちは応じる様子もない。


「もういいぜ、文左。こいつら海が怖くてビビってんだよ。他を捜そう」


 熊吉は文吉の肩に手をかけると、男たちの中から一人の男が飛び出した。


「言ってくれるじゃねぇか。俺たちが海を怖がってる? 冗談いうねェ!」

「だってそうじゃねぇか」


 熊吉はまた文吉の前に守るように立ち、帯に手をかけ胸を張って威張った。


「子どもの頃から遊んでる海だ。波の一つ一つを分かってる。問題はお前ェらだ。オレらより悪ィなりしてなにが商人だ。偉そうなのは名前だけじゃねェか!」

「なにおゥ!」


 たしかに二人はまだ手代の格好だった。熊吉はまた憤って殴ろうとするので、文吉はまたなだめて、もう一度男たちに交渉した。懐に手を入れて目の前に黄金を見せつけたのだ。


「商売始めたばっかりで風体までに気が回らないんだ。しかしこの通り金はある。船も500両する廻船だ。積み荷は7000籠のみかん。これで江戸にて商売する。どうだ」


 その言葉に男たちはようやく食いついてきた。小判にも興味があるようだ。しかし先ほど熊吉とやりあった男。これはこの集団のリーダーなのであろう。それだけは面白くない顔をしていた。


「オレらを使うのなら、それなりの度胸と腕がなくちゃダメだ。どうだ。そこのデカいの。オレはこの連中の頭なんだ。オレと相撲をとって勝ったのなら無給で働いてやろう。その代わり負けたのならさっき見せた金を置いてとっとと立ち去れ!」


 熊吉はせせら笑った。あきらかに熊吉よりも小男で体格も貧相だ。熊吉は勝ちを確信して指の間接を鳴らしながら凄んだ。


「分かった。無給で働いて貰うぞ」

「勝てればな」


 周りの男たちは、砂浜に棒切れで土俵を書いた。熊吉と男はにらみ合う。一人の男が躍り出て行司を務めることとなった。


「見合って見合って、はっけよいのこった!」


 即座に勝負を決めてやろうと熊吉は飛び付くが、敵も然る者。ひらりと身をかわして熊吉の後ろに回り、腰を突いた。バランスを崩して熊吉はつんのめって倒れそうになったが片足を前に出して踏ん張った。

 冷や汗を流してため息をつく。


「あぶねェ、あぶねェ」

「ほほう。よくこらえたな」


「なかなかやるな」

「当たり前よ。相撲はこの浜で一番の腕前よ」


「なにィ!」


 熊吉はなおも諸手を突き出して男を押し出そうとするがかすりもしない。却って避けられて足をかけられる。しかし、熊吉も飛び上がって回避した。


「なんという男だ。ここで負けたら人生で二度目になっちまう」

「なにィ? 一度負けてやがんのか」


「ああ、あそこにいる兄貴にな」


 熊吉は親指を立てて文吉を指差す。男は熊吉もなかなかの腕前だというのに、文吉はもっと強いのかと思った。


「ほう。ではお前に勝って、その兄貴とやらに挑戦しよう」

「抜かせ! 勝ってから言え!」


 熊吉はまわしを取って組み付いてやろうと思ったが、やはりかわされる。逆にまわしをとられて無様に土俵の上で横に回転するものの、バランスを取り戻して立ち直った。


「お前、しぶといな」

「当たり前よ。負けてたまるか。兄貴と江戸にいって成功するんだ。そして兄貴の彼女を捜すんだ!」


 熊吉は低い姿勢で捨て身の突進。両手を大きく広げて逃げ道をなくす。


「しまった!」


 男は大きく叫ぶ。それもそのはず。男の膝は熊吉に捕らえられてしまったのだ。諸手狩りだ。

 そのまま二人は宙に浮いて同時に土俵の上に落ちた。二人とも行司の方を見たが、行司もどちらが勝ちかを決められなかった。


「引き分けでいいじゃねぇか」


 声のほうを見ると、そこには文吉が笑っている。二人ももっともだと声を上げて笑った。


「お前ェ、やるじゃねぇか」

「お前ェじゃねぇや。源八ってんだ」


「源八か」

「おうよ。九万兵衛」


 二人はかっちりと握手を交わす。こうして文吉は十人の新たな仲間を得ることが出来た。

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[良い点] タイマンはったらズッ友!
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