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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
紀文と吉原篇
128/202

第128話 鷹狩り

 文吉と熊吉の奉公の年季は明けた。二人は風呂敷に少ない荷物を持って、今までの主人へと頭を下げた。


「それで二人は江戸に行くんだったな」

「はい。江戸で一旗上げたいと思います」


「いい心がけだ。頑張れよ」

「へい!」


 二人は、盗賊を捕らえた功労の10両の他に、年季中にためた2両があった。これで江戸に行って商売するといっても成功するとは限らない。

 文吉は熊吉を連れて蕎麦屋に来て、しばらく相談した。しかし二人にはなかなかよい知恵がでない。まさにノープランな二人であった。

 文吉は賊の処刑の後、心痛を得たが白い玉に慰められた。しかしその言いようが嫌悪する内容だったためあまり好きではなくなっていた。だが不思議な力を持つ神の使いの玉だ。

 自分の気持ちを押し殺して白い玉に頼ることにした。懐を押さえて席を立ち上がり、熊吉の前に立つ。


「熊吉、ここで暫時待て」

「おう」


 文吉は店を出て、裏手に回った。ここなら人の気配は無い。懐から白い玉を出して聞いた。


「玉さま。江戸に行ってなんの商売を致しましょう?」

『そうねぇ。江戸は火事が名物よ。材木に大変需要があるわ。それを売れば大金持ちになれる』


「そうですか! 材木商! それはいいことを聞きました」


 文吉はお礼を言って熊吉の元に戻ろうとすると、白い玉はそれを止めた。


『ちょいとお待ちよ。アンタの持ち金で材木商なんて出来ますか』

「え?」


『材木を買うのにも元手がいるわ。運ぶのに船もいる。10両そこらで出来る商売じゃない』

「ふ、船? そりゃ何百両の代物でしょう」


『そう。まとまった材木だって何百両よ。その元手を稼ぎなさい』

「稼ぎなさいと言われても……」


『まぁ、おばちゃんに任せておきなさい』


 白い玉の好感度は低いものの、今までだって間違いはない。文吉は言われるがまま熊吉の元へと戻り、席を立たせた。


「文吉。なにか思いついたか?」

『まあな。まずは市場に行こう』


 熊吉の言葉に応えたのは文吉ではない。白い玉だ。それが市場に行けという。文吉は熊吉を連れ立ってそちらへと足を進めた。

 もう日も高いので魚などありはしない。生鮮野菜、干し野菜と草鞋や瓢などだ。文吉自身も分けが分からない。熊吉はただ付いてくるだけだ。


 ふと文吉の足が止まる。それはまた白い玉が操ったからだ。そこには年老いた男が背負い籠を前に座っていた。背負い籠は伏せられていて、中には大きな鳥がいた。


「なんだ?」と熊吉が尋ねる。

「鷹だ──」文吉もそれに答えた。


 そこには鷹が一羽。鋭い目つきをこちらに向けている。文吉は老人に尋ねた。


「こ、この鷹は?」

「鷹だ、鷹」


 老人はぶっきらぼうに答える。商売などしたことなどないように。


「売っているのか?」

「ああ。30両と言いたいが10両でいい」


「高──」


 文吉は息を飲んだ。二人のほぼ全財産だ。しかもなぜこんな鷹に10両も。

 しかし白い玉が足を止めたのだ。きっと意味があるに違いない。


「よ、よし買おう」

「文吉──?」


 文吉は震える声で言ったのに対して熊吉は驚いて声を上げる。

 老人は大して説明もせずに、鹿の皮で作った手袋と、小さな籐篭。その他、訳の分からない道具を渡して10両を受け取った。


「せ、説明はないのか?」

「買ったからには責任を持って世話をしろ」


 それだけだった。意味も分からず手袋をした手に鷹を乗せる文吉。熊吉はもっと意味が分からない。


「だ、大丈夫なんだろうな?」


 文吉は白い玉に問うように声を発する。すると、足が自然に山の方に向く。そしてまた歩き出した。それに熊吉は声をかけた。


「お、おい。文吉」

「だ、黙って付いてこい。これから商売をするんだから」


 自分でも何を言っているか分からないが、白い玉に操作されるがまま山へと進んでいった。二里(約8km)ほど歩くと人里離れ、辺りは野っ原と山だけ。そこで文吉の足が止まる。

 そして白い玉に操られるまま、鷹を大空へと飛ばした。鷹は高く飛び上がったと思うと、野っ原に狙いを定めて急降下。そのまま野原に落ちたと思うと、文吉の腕目掛けて水平移動してきた。


 文吉と熊吉の前で音を立てて獲物を落とす。それはウサギだった。そしてヒラリと文吉の掌に止まったかと思うと、また滑るように襲撃する。

 キツネ。鳩。雉をとると、疲れたように文吉の掌から動かなくなった。

 文吉も熊吉も驚いた。


「こ、これを売るってことか?」

「い、いや。今日はこれを食って明日に備えよう」


 熊吉の問いに、文吉は答える。そんな野生の獣肉をとることに白い玉は10両使わせたのだろうか? それは考えにくい。なにか別な考えがあってのことと、文吉は考えその日の夜はそこで肉を食らい瓢の酒を飲んで夜明かしをすることにした。

 鷹に雉を与え、自分たちはウサギの肉を焼く。キツネは毛皮が売れるかも知れない。ふと路傍に地蔵があることに気付き、鳩を備えた。


「信心深いなァ」

「そりゃそうさ」


 文吉と熊吉は地蔵に今日の獲物のお礼を言って飲み食いして寝た。





 次の日、起きてみると地蔵に備えた鳩がなくなっていた。


「備えた鳩がないな」

「大方、狸でも持って行ったのだろう」


 勝手に納得して昨日と同じように白い玉は文吉の体を使って鷹狩りをした。積み重なってゆく獲物。たしかに当座はこれは食料になるし、売ってもいいだろう。しかし納得いくものではなかった。


 しばらくすると、馬に乗った(かみしも)姿の侍がこちらに三騎向かってくる。

 何ごとと思いつつも鷹を手に据えたまま身動きがとれない。そのまま侍は来てしまった。


「お手前はこの辺のものか?」

「へえ、そうでございます。お侍様がなにかご用で?」


「ご用でではない。これほど畜生を殺しおって。お上がお裁きを致す」

「お、お上……?」


「紀州中納言様だ!」

「ちゅ、中納言様!?」


 声を裏返して聞く文吉と熊吉。しかし侍の顔は好意的ではない。罪人を視るような目であった。


「では身共(みども)の後に付いて参れ!」


 侍に言われて逃げれば即刻斬られるかも知れない。文吉も熊吉も気が気でない。侍の馬は三角の形に位置し、それに挟まれるよう、中央に文吉と熊吉。そのまま紀州中納言のもとに運ばれていった。



 紀州中納言とは、紀州徳川家の当主、徳川光貞のことである。父、徳川頼宣は徳川家康の10男。れっきとした徳川家康の孫であり、徳川家光のいとこであった。まさにこの紀州のご領主からの呼び出しだったのだ。

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