第126話 押し込み強盗
文吉と熊吉は息を殺して、暗い板間の上でジッと座っていた。衣服のこすれる音すら立てずにただジッと。
子の刻から丑の刻へと変わる境目。今で言う夜の1時。みんな眠っている時間だ。熊吉も眠い目をこらえてただ賊が来るであろう引き戸の木目を見つめていた。
すると外からボソボソと声がする。来たのだ。文吉と熊吉はゆっくりと身構えた。
そのうちに引き戸が掛矢で三度叩かれ打ち壊された。その音に、店で眠るものも気付いたであろう。構わず賊はなだれ込んできた。
人数は6人。しかし前の二人が立ち止まったために、後ろの4人はつんのめって倒れた。
「何やってる! 立ち止まるんじゃねぇ! 危ねぇじゃねぇか!」
「い、いや、どうやら向こうに備えがあったようだぞ」
そう。前の二人は文吉と熊吉に気付いたのだ。文吉はピンと立ち上がる。白い玉に操られた文吉だ。
『熊吉。頼むぞ』
それは、懐の中の白い玉の声。声は文吉そのものだ。それに熊吉は応えた。
「おう。任せておけ」
賊は驚いて刀も抜いていなかった。文吉は飛び上がって、正面の二人の顔面に片膝ずつ叩き込む。鼻の骨が折れた二人は顔を抑えて転げ回った。そこに熊吉が馬乗りになって手首、足首を結んで動けないようにした。
その間に白い玉に操られた文吉は、次の獲物に飛び付く。喉に手刀を突かれた賊は息が吸えずに土間に倒れた。それも熊吉が縄で結んでしまった。
残った三人はようやく間合いを取って抜刀した。しかし文吉の動きは素早い。夜でも昼間のような動きだ。刀を持つ手首を叩き、驚いた顔に肘を叩き込む。これまた賊は苦痛に体を歪めたところに足をかけて転ばせてしまう。それに熊吉が乗っかってしまうという了見である。
その頃になると、店のものがなんの騒ぎかとこちらにやって来るが、賊が刀を抜いているのをみて驚いた。文吉と熊吉が賊と戦っている。
恐ろしいものの、店のものは二人を応援した。
熊吉は賊、四人をふん縛った。賊は強敵は文吉のみだと二人で囲んで間合いを取る。しかし文吉は操られているのだ。白い玉にはどこに隙があるかなど簡単に分かる。
文吉は賊の片方に向かって体を伸ばす。そこには刀を握る賊。しかし暗がりでの文吉の動きに面くらってしまい硬直した。そこに文吉は刀の峰の部分を三指で押さえ、前に出していた足の甲を踏んで胸を押す。賊はなされるがまま身動きをとれずに後ろに倒れ込む。そして刀は文吉の三指に留まった。
それを利き腕に持ち替え、もう一人の賊に目掛けて投げつけると、賊は避けることもままならず刀を持った手に白刃を受けてしまい、武器を土間へと落としてしまった。
こうなるともうどうにもならない。熊吉はさっさと賊を縄で縛ってしまい、あっという間に片付いてしまった。
そこに来たのは小僧に灯りを持たせた店の主人だ。
「どうした? なんの騒ぎだ」
「ああ、旦那。賊です」
近くにいた奉公人が応える。旦那の方では驚いた。
「何? 何人だ。盗まれたものはあるか?」
「いえ、6人なのですが文吉と熊吉が捕らえてしまって」
「何、文吉と熊吉が?」
店の主人が見てみると、賊を縄で縛ってその上にどっかりと腰を下ろす文吉と熊吉。
主人はしばらく大きく口を開けてみていたが、すぐに周りの者に指示をした。
「これ。定吉や。すぐに役人の番所にいって、番をしている頭を呼んできなさい。それから文吉と熊吉にいつまで押さえさせている。みんなで賊を押さえてしまいなさい。そして文吉と熊吉はこちらの部屋に来なさい」
店はたちまち騒がしくなり、灯りが点きだした。番所から役人が来て、賊を押さえて連れて行く頃、店の主人は文吉と熊吉の前に座った。
「二人ともご苦労だったな。店の被害は入り口の引き戸だけだったと聞いた。おかげで助かった」
「いえいえ、当然のことです。便所に行こうとしたら声が聞こえてきたので熊吉と待ち構えて奇襲をかけたのです」
「ほほう。誠に以て頼もしい奴らだ。実はな、文吉には年季が明けたら、のれん分けをしてやりたいと思っている。どうじゃ」
熊吉は喜んで手を叩いたが、文吉は首を横に振った。
「いえ旦那さま。アタシと熊吉は江戸に出てなにか商売をしようと思っております」
主人は喜んでくれるかと思ったが、文吉の返事に肩を落とした。しかしすぐに立ち直って懐から紙の包みを出してそれを広げた。
「そうかい。文吉ならばきっと大成するさ。可愛がってきたが仕方がない。こんな店に縛られているよりも日の本を震えがらせる商売人になりな。これは当座の駄賃だよ」
そこには小判が10枚(約100万円)入っていた。
「とは言っても、のれん分けをしないんだ。たくさんはやれない。しかし今日の二人の働きでうちは助かった。それのお礼も含めてだ」
文吉と熊吉は、店の金は見たことがあるものの、自分の金となって10両を手にしたのは初めてである。震える手でそれを受け取った。
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
「そればかりで感謝されても困る。それを増やしていくのはお前たちの器量しだいだよ」
主人に背中を押されて、二人は顔を見合わせて笑った。