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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
しろイたま篇
118/202

第118話 電話の音が──

 出て行ったわんわん探検隊のメンバーたちは、少し頭の中がパニックだった。あれはニセモノだ。モノマネなのだ。

 しかし、本物の鈴村きゃん──。

 みんな同じような思考。それとも幽霊? だが恐怖は感じられない。本物の鈴村きゃんのようで自分たちに申し訳なさそうに謝っていた。

 それぞれが移動用のワゴンのイスに体を倒して考えていた。そのうちに笙野うぅが口を開いた。


「ドッペルゲンガー……。きゃんちゃんが言ってた。ドッペルゲンガーを見たって。きゃんちゃんそっくりの人……。それは鏡の世界にいる人?」


 それにメンバーたちも振り向く。


「そうか。きゃんはあの人を見てドッペルゲンガーっていったのかも。でもまさにきゃんだったわ」

「そうだよね~。双子? でもそれならドッペルゲンガーなんて言わないしね」

「だけど、悪い人じゃないよね。もう一人のきゃんちゃん。そんな感じがする……」


 解決がつかない不思議な人だ。それがわんわん探検隊メンバーのきゃんに対する感情だった。




 一方、わんわん探検隊が後にしたモノマネ番組の収録現場。きゃん率いるわんわん探検隊モノマネグループは、当然勝ち上がり決勝でも勝利を収め、紙吹雪を受けながら佐川が500万円の目録を受け取った。

 ちょうど一人、100万円受け取れる金額だ。五人は控え室へと戻り、大喜びのところに迎山が入って来た。

 佐川は迎山の腕を組んで、イチャイチャしながら喜んでいた。その後、迎山はまた一人一人に声をかけ、最後にきゃんの隣に座った。


「お疲れさん」

「やまさん。……どうもありがとう」


「いや。まさかこんな展開になるとは思わなかった」

「みんな元気そうだね」


「働いていないとつらいって気持ちなのかも知れないな」


 迎山の寂しい言葉にきゃんは少しうなだれる。


「でも私は鈴村きゃんにはなれない……」

「そうか──」


 二人は少しだけ沈黙。迎山は胸から名刺を一枚取り出してきゃんへと渡した。


「一人で悩むな。力になってやれるかもしれない。いつでも電話してこい」


 きゃんは名刺を手に取って一瞥すると、すぐにそれを返した。


「佐川さんと一緒の時に電話してもいーのー?」


 からかうように明るく声を上げる。迎山は真っ赤になった。


「ば、ばか」


 そこに、佐川が少しばかり嫉妬したのであろう。二人の中に割って入ってきた。


「きゃんちゃーん。そろそろ帰るよ」

「あ、はーい」


 きゃんは自分の荷物をとって立ち上がる。そして佐川の腕に自分の腕を絡ませた。佐川はなつっこい彼女を憎みきれずに笑顔で聞く。


「迎山さんとなに話してたの?」

「えー。迎山さんの恋の相談?」


「え?」


 その言葉に佐川も迎山も真っ赤になる。迎山は震えながらも笑顔を作り、きゃんに質問した。


「な、な、な、なーんの話かな? 成田さん」


 笑顔ながらもこめかみに血管を浮かせている迎山にきゃんはいたずらっぽく笑った。そして佐川の腕を力強く抱いて出口に向けて歩き始めた。


「佐川さん、迎山さんとキスするとき気を付けたほうがいいよ。あの人、昔サソリ食べたことあるから」

「え? サソリ!?」


 佐川は驚いて迎山へと振り返る。


「え、あの。それは」


 それは、鈴村きゃんがまだアイドルとして売れない時代、無理矢理とってきたテレビのバラエティ番組でゲテモノを食べるという撮影があったのだ。しかし鈴村は泣いて食べれない状況に陥って、気の毒に思った迎山は鈴村の代わりにそのゲテモノであるサソリとイモムシをカメラの前で食べたのだ。調理されているもので人体への影響はない。だが当然そんなフィルムは使われることなくお蔵入り。事務所の社長にも怒られた。

 しかし迎山はわんわん探検隊にそんな仕事をさせたくない。歌も踊りも超一流だと、それからさらに猛烈に仕事に力を入れ、わんわん探検隊を日本を代表するアイドルへと昇華させたのだ。


 そんなわんわん探検隊と迎山しか知らない事情を佐川に暴露しながらきゃんは笑う。それに迎山も呆れたようにため息をついて笑って背中を見送った。




 迎山が部屋に帰る途中、携帯電話が着信を告げる。それは知らない番号だったのでしばらく躊躇したものの、通話のボタンをタップした。


「やーまさん」

「え? 成田さんか?」


「そうだよ。名刺なんて必要ない。番号、仕事のもプライベートのも覚えてるもん」

「おおお! そうか!」


「ホントに……相談に乗ってくれる?」

「ああ。もちろんだとも」


「じゃあ今度。やまさんがお休みの時に」

「あ~。じゃあ明日ではどうだ?」


「あ、うん。もちろんいいよ」

「それじゃ……。成田さんの家の近くのカフェかどこかにするか?」


「あ。じゃ千葉駅内にあるデテールカフェでランチも兼ねてどうですか?」

「うん。いいな」


 二人の話は決まり、迎山は笑顔で携帯電話の通話終了のボタンをタップした。


 あれは鈴村きゃんではない。しかしこの共に語り合った友人と会える感覚は何だろう。それは恋人ではない。だが強い強い絆。

 成田きゃんはなにを話してくるのだろうか?

 しかし話すのが楽しみだ。


 迎山は自分のアパートの部屋のドアを開ける。暗い部屋の中、冷蔵庫の上に僅かに発光する白い玉。


『あらおかえり。おうおう。なんか楽しそうだね』

「ありがとう。実はそうなんだ」


『ふふ。もう悩みなんてないみたいだね』

「ああ。悩みはあっても、いつまでも悩んでちゃしょうがない。前を向かないとな」


 白い玉は笑いながらに点滅した。


『じゃあ……。おばちゃんはもういらないね』

「ん?」


『おばちゃんは次に待っている人の元に行こうかな』

「ふっ。そうだな」


『そうか~。じゃあ近いうちに出て行くよ』

「ああ。今までありがとう」


 迎山と白い玉。僅かな期間の共同生活は終わりを告げようとしていた。

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