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ク ロ い ハ コ  作者: 家紋 武範
しろイたま篇
117/202

第117話 円陣

 迎山に背中を押されてメンバーたちは三回戦のステージに向かう。

 今度は新曲に挑戦だ。それは入院中の鈴村きゃんが参加したことのない曲。司会者も大丈夫か聞いた後で、是非見てみたいと激励した後で曲が流れる。

 みんなそれぞれ持ち場についてきゃんがセンターだ。観客の大きな歓声。


 それを受けてきゃんは大きな声で歌い出す。周りのメンバーは大輪の華に添えられた彩りの花々だ。きゃんにすべて持って行かれている。少しばかり佐川が目立つといった程度だ。しかしその二人だけで、このモノマネ番組は充分だ。


 打ち合わせ曲の一番目が終わった。しかし曲は鳴り続けていた。メンバーの四人は打ち合わせ通りに一礼したがきゃんは曲が流れているので踊り続けていた。

 メンバーの四人はなにかおかしいと思いたじろいだが、客席の大きな歓声に戸惑う。自分たちに向けられたものではないと、観客の視線を追って後ろを振り向く。


 そこには、本物のわんわん探検隊。いわゆる、まさかのご本人登場というやつだ。四人は固まり足がすくんだ。

 あの忙しいアイドルたちがなぜこの番組に出演するのか? それは迎山の計らい。ホンモノそっくりのきゃんに会ってみないか? それにわんわん探検隊のメンバーは興味を持ち、他の仕事の合間にノーギャラ出演だった。


 きゃんも、歓声に気づいた。そして少しだけ後ろを振り向く。そこには懐かしい四人のわんわん探検隊メンバー──。


 一生間近であうことなどない。自分は成田隆一のために作られた成田きゃん。


 しかし記憶には青春時代、寝食を共にした仲間たちだ。歌ばかりではない。番組の企画で海外にも行った。無人島で過ごすなんてこともやった。虫を食べるなんてバラエティもした。


 それが曲の間奏中に笑いながら近づいてくる。きゃんの目から涙が溢れ出す。もはや嗚咽と言った具合でそこに座り込んでしまった。


 メンバーたちは、このそっくりさんはおそらく自分たちの大ファンで感動してしまったのだろうと笑顔を崩さずきゃんの元へと近づいてしゃがみ込んで声をかけた。


「大丈夫。さぁ一緒に歌おう。ね?」

「わんちゃん!!」


 声をかけた本物の琴沢わんに泣きながらしがみついた。


「え。うそ」

「きゃん?」

「きゃんちゃん?」


 この泣き声。泣き方。どれをとっても見覚えがある。そんな小さな仕草まで真似できるだろうか?

 メンバーたちは戸惑ったが自然に抱きしめていた。


 きゃんを中心に四人がしがみつく格好だ。歌のパートが始まってもしばらくそのまま。


「うそ。どうして?」

「病気のはずじゃぁ……」


 小声できゃんにささやく。きゃんはそれに応じた。


「そうだよ……。きゃんだよ。ゴメンね。ゴメンねェ、みんなァ……」


 五人がその場に崩れこんだ。抱き合ったまま。メンバー四人は思った。ただのそっくりさんではない。この細やかな力の抱き方さえ記憶にある。髪から香る匂いも、まぶたの揺れ方まで。これが本物でなくてはなんなのだろうかと。


 しかしきゃんはしだいに抱く力を緩めた。


「ごめんなさい。みんな。初めて会ったのに。私感動しちゃって。私、ホントにただのそっくりさんなの」


 その言葉に四人はきゃんの顔をもう一度みた。

 その間に曲の二番目が流れつづけ、三番になりかけていた。未だに状況が上手くつかめない四人を叱るようにきゃんは激励する。


「私たちはプロだよ。さぁ歌おう!」

「え、ええ」


 私たちは──。

 四人は戸惑うものの、その調子がいつものきゃんのようで笑顔に変わる。この引っ張る力だ。天性のアイドルの才能。きゃんは琴沢わんと、笛咲くぅんの肩に手を伸ばした


「わんちゃん。いつものやって!」


 いつもの──。

 その言葉を、ピンマイクが拾っていた。

 なにが起こるのか、見ているものは注目すると、琴沢わんは彼女に笑いかけて、隣の鼓島をんの肩へと手を回す。鼓島をんはさらに笙野うぅへと手を回し、笙野うぅは笛咲くぅんの肩に手を回した。


 円陣だ。わんわん探検隊の円陣。

 ライブが始まる前に緊張を吹き飛ばすために行われていたものだ。音頭は常にリーダーの琴沢がとっていた。

 五人は頭を合わせて目を閉じた。

 琴沢がゆっくりと口を開く。


「あんたたちはいい女だ」


 それとともに五人は目を見開く。


「いくぞ!」

「「「「わん!」」」」


「いくぞ!」

「「「「きゃん!」」」」


「てめぇら気合い入ってっか!?」

「「「「をん!」」」」


「負け犬にはならねぇぞ!」

「「「「くぅん」」」」


「わんわん探検隊ィィーーー」

「「「「うぅ~! ファイト!」」」」


 全員が顔を上げて肩から手を離して、そのまま隣にハイタッチ。それを見た観客や関係者は魂が踊るようだった。大きな歓声を上げた。


 その勢いで五人はステージへと向かい、曲の三番を歌い上げ、最後に決めポーズをつけた。

 そこにいる全員がもはやモノマネ番組ということを忘れて、その光景に酔いしれていたがようやく司会者がマイクに向けて言葉を発した。


「──わ、わんわん探検隊の皆さん、ありがとうございました! どうですか、ご本人登場で驚かれたでしょう?」


 そしてきゃんへとマイクを向ける。きゃんは笑顔を作ってモノマネの素人を演じた。


「はい。大ファンのわんわん探検隊に会えて感極まってしまいました。こんなステージを用意して下さりありがとうございます!」


 そういって、わんわん探検隊のメンバーたちに礼をした。琴沢と笛咲はきゃんの肩に手を置いていたが、その手が外される。とても名残惜しそうに。琴沢は司会者よりマイクを受け取った。


「すごかったです。まるで本物の鈴村と一緒に歌ったような気持ちでした。僅かな時間でしたがとても嬉しかったです」


 そういってきゃんの手を力強く握った。そしてメンバーたちは出口へと向かっていく。


「わんわん探検隊の皆さんはお忙しい僅かな時間を削って駆け付けて下さいました。皆さん、もう一度大きな拍手を!」


 司会者の声にわんわん探検隊は拍手を受けながら出て行った。きゃんの小さな手が強く握られる。


「みんな。諦めないで。きっと鈴村きゃんは戻ってくるよ」


 きゃんは決意を込めて小さくつぶやいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。 ああもうきゃんちゃん…(涙)。 ううう、また泣かされた…。 まだ途中なのにすでに泣かされた。 みんな幸せになれえーーー!! [一言] おばちゃん風味の白い玉がなぜか…
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