第109話 総理、三つ目の願い
それをホワイトボードに持って行く。上部にはクリップが用意され、そこに挟み込んだ。スイッチを押すとバックライトが光る。それは人体のスキャン画像だった。
「これは私の体内の画像です。大腸、肺、胃、胆嚢、リンパ腺へとガン細胞が転移しています。医者にもよく立っていられると褒められたものです」
安倍総理の体はボロボロだった。すでに末期ガンにおかされていたのである。いつ意識不明なってもおかしくない状態だった。しかしまだやらなくてはいけないことがあるとの思いで、気力だけで戦っていたのだ。
「私からの代償はこれです。体中にはびこるガン細胞。これを全て提供します」
その瞬間、黒い箱に意味不明な文字の羅列が始まる。それを安倍総理は微笑みながら見ていた。そしてしばらく経つと黒い箱に読める文字が流れ出す。
『叶えられました』
黒い箱から、安倍総理へと赤い光が伸びる。それは全身を照射。それが終わると今度は黒い箱は天井を突き抜けて空へ。そしてそこから回転し、日本中へと白い光を放った。
黒い箱はゆっくりと祭壇の上へと降りてきた。安倍総理はそれを笑顔で迎え平伏した。
「お見事です。ありがとうございます」
『wwww』
「これで、国民の血税を復興に向けられます。スピーディーに日本は復活するのです」
『しかし、それはあなたの政敵が邪魔をするでしょうwwww』
黒い箱は嘲る。安倍総理もそれに笑った。そして口調が変わる。
「全てお見通しか。芦屋道治や市民団体、隣国密偵。子ねずみがチョロチョロと政治の邪魔をしてくれる」
『願い事を言って下さい』
安倍総理は、内臓が完全に復活した。見事な健康体。今度はそれを提供し、これから政敵を葬っていくだろうと黒い箱は考えた。しかも人々から支持がある人間はやはりいい。パワーが違うと感じた。この人間を手放す気など──ない。
安倍総理は黒い箱を掴んで、祭壇に置かれていた桐の箱に押し込んだ。
『こんなに丁重にして下さらなくとも私なら大丈夫。なんでも願い事を叶えますよ』
その言葉に安倍総理は妖しく笑う。
「いや。もう結構」
『? ? ? ? ?』
黒い箱は安倍総理が何を言っているか分からない。それに体が完全に失わない限り、自分と縁を切ることなど出来ない。または黒い箱自身が見限るか、所有者が誰かに贈るか──。
『桐の箱にしまったとしても私無しで願いは叶えられません。きっとまた箱を開けることでしょうwww』
「いや。キミ無しでも芦屋を消す方法など知っている」
『まさか。暗殺など賢い人間のすることではありませんよ。すぐに足がつく。そこへ行くと私は──』
「意味が分からないか? 顧客リストに私の名前と似た名前はなかったかね? 安倍清陸。もっともそんなリストがあるかは知らんが」
黒い箱は、思い立って内部データの過去の利用者のリストを調べる。それはコンマ一秒もかからない。
『安倍清陸……。安倍晴──。まさか!』
安倍総理の目は黒い箱を見下していた。汚いものを見るような目。ゴミ屑をみるような──。
「私は古代から帝に仕えた陰陽師の家系でね。家には代々一族に伝わる古文書があるのだよ。私は幼い頃からそれを見たものだ。そこに君のことも書いてあった。もっとも“玄医函”という名前だったがピンと来た。特徴が書いてあり、使い方も注意もハッキリされている。箱は内臓を求めてくるが与えてはいけない。イボやタコなどを与える。時には腫瘍や膿疱などの病巣を与えるといいとね。先祖はそれによって不思議な力を手に入れた。そして先祖たちで回し続けたのだが、ある時政敵に贈って失ったのだ」
『だ、だったら、まだ手元に置いておくといい。私は戻ってきたのだから』
「うるさい!」
安倍総理は桐の箱を閉じようとする。
『くぬぅ……! あの一族! 私としたことが! 一族の心の深層を読ませぬという願いがまだ! 気付くべきだった! 口惜しや──』
安倍総理は最後まで光る文字を見ずに桐箱に蓋をした。それをさらにダンボール箱に入れてガムテープで閉じた。そして用意していた宅配のシールを貼り、秘書に出してくるよう頼んだ。
「総理、これを芦屋先生に?」
「そうだ。中身はお菓子だよ。昔の友を労おうと思って。ただ私からだとアイツも嫌がるかもしれない。適当な差出人にしておいた。では頼むよ」
そのラベルには『羊羹』と書いてあった。秘書は重さもそんなものなので納得した。
「は、はい。総理のお心の深さを知れば芦屋先生も変な行動に出ませんのに」
「いやいや。政治には対抗勢力が必要だ。芦屋くんならいい敵だ」
「はい!」
秘書はそれを持って出ていった。安倍総理はその背中を妖しく笑いながら見ていた──。
「心の弱いものはすぐ破滅してしまう。箱は使いようなのだ芦屋くん。君は上手に我が国のために使えるかね? それとも自分のため? ふふふ。先が読めるな──。君のすることなど分かってる。だからこそ、式神を用意したんだ。ふふふふ」
安倍総理の言葉は小さくて、誰にも聞き取ることが出来なかった。
◇ ◇ ◇
日本からキレイに瓦礫が消えた。国民は喜んだが、誰も政治のおかげだとは言わなかった。しかし、内閣の支持率は徐々に回復傾向に向かっていった。
心配ごとを消すように、ライフラインの復旧も開始され、日本に元気な電気がつき始めた。
その頃。奥多摩の山中で──。
『うんしょ。うんしょ。よっこいしょ!』
中年の女性の声。それとともに地面が枯れ葉を分けて盛り上がる。
『ふー。もう少しで出られるわ。よいしょ。よいしょ』
ぽこ──。
土の中からプラスチック素材のような物体。それが土の中から現れて犬のように体を振るって土を払う。
それは白い色をしていた。
白い玉だ。
『ふー。やっと出れたわ。おばさん、空気が美味しくてビックリしちゃったよ~。それにしても、あの悪魔の箱め。まだ人間の弱みにつけ込んで悪いことしてるのかしら? まったく。ゲスね。この天使の玉ちゃんが、あいつの悪事の邪魔をしてやるわ。ふんだ!』
おしゃべりな白い玉はそういって、坂を転げ出す。黒い箱は文字しか表示できない。しかしこれは話すことが出来るようだが、文字を表示することは出来ないようだ。
ころころと、街を目指して白い玉は進んでいった。
求めるものを捜して──。
●式神とは:式とは操ること。神は鬼神や魔人の類い。陰陽師が使役した。人前では鳥や童子の姿をしている。総理は芦屋議員に黒い箱を贈ったが、どんな風に使おうとも自分には強力な式神がついてるぞと言っているのです。
この話は後に公開する「総理と式神篇」に続きます。
【予告】
山中から現れた白い玉は神の使いか?
玉は代償も得ずに願い事を叶えていくが、成田きゃんに魔の手が伸びる。
次回「しろイたま篇」
ご期待ください。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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