第107話 密会
バスターマンはその場に箱を置いたまま、別の部屋に安倍総理を捜す。灯りのついていた部屋。しばらくこっそりと公邸内を歩くと、ホールのような場所で安倍総理が後ろを向いて立っていた。
「あ、あのう。総理」
安倍総理はバスターマンの声を反応して振り返って驚いた。
「これは驚いた。本当にそんな姿をしているんだな」
「ええ。私がバスターマンです」
安倍総理はすぐさま胸ポケットに手を入れた。そこからは1枚のカードを出してきた。
「これはバスターマンのみが使用できるキャッシュカードだ。中には前に言ったように35億円入っている。キミの今後の活躍によってさらに中の金は増えていくだろう。その金は総務省によって管理される」
「あ、あの……本当に?」
「本当だとも。キミは知らないかもしれないが、野党から上がった法案なんだ。バスターマンに寄付金を渡すというやつだ。他にも叙勲をするというのもある。詳細は後ほど。キミにはこれからも頑張ってもらいたい」
「は、はい。よろしくお願いします」
バスターマンは大きく頭を下げ、賞状を受け取る児童のようにキャッシュカードを受け取った。
それに安倍総理は微笑む。
「言語は日本語だな。日本国籍かね?」
「あ、あの。はい。その通りです」
「なぜそのような変身を。地球外生命体から改造でもされたのかね?」
安倍総理は自分のセリフに苦笑した。これでは芦屋議員と同じだ。しかし分からない。どうやってバスターマンは変身出来るのであろう。
バスターマンは言葉がつまってなかなか話すことが出来ない。しかしバスターマンは絞り出すように答えた。
「あの……総理」
「なにかね?」
「総理の持っている、あの箱──。あれは余り使わない方がいいです」
「ふむ……。それを知っていると言うことはキミは、前の使用者と言うことだな」
「そ、その通りで……」
「そうか。では体の中身は空っぽなのか?」
「いえ。どこも失ってません。一度は全てを失いましたが、他の人の願いで復活したのです」
安倍総理はアゴを手を当てて考え出した。そしてバスターマンに向かって笑いかける。
「そうか。復活なんていうのもあるんだな。まだまだ世の中には知り得ることはたくさんある。面白い」
「は、はぁ……。しかし総理。あの箱はやがて使用者を破滅させます。私は一度箱の一部となりそれを見てきました。ですから、もうあれをご使用にならないで下さい」
大きな体格のバスターマンは権威に弱いのだろうか? 肩をすくめてモジモジしながら小さくなってる。そんな姿で安倍総理に注意するものだから、安倍総理のほうでもその滑稽な様に笑顔を浮かべた。
「はっはっは。キミは本当に正直者で正義の味方だな。信用に足る人物だ。だが政治家向きではないな」
「え。あ、はい。頭が悪いので──」
「そう言うことじゃない。政治家なんてものは魑魅魍魎が跋扈する世界だ。騙し騙され、今日の友人は明日の敵。自分の身を削って国民のために働くものだ。普通の精神力ではやっていけない世界なのさ。どこか壊れていないとね」
「そうなんでしょうか……」
「金なんか欲しいのなら、他に稼げる仕事はもっとある。日本の権力なんてたかが知れてるよ。むしろ毎日1億2千万人に叩かれる一番弱い存在だ。だから一番打たれ強くなくてはいかん」
「つ、強いんですね。総理」
「キミほどじゃないがな」
安倍総理の笑顔にバスターマンもつられて笑った。
「箱のことは心配しなくてもいい。だがまだ我が国のために働いて貰わなくてはならない」
「あのぅ。そうすると総理の体が……」
「そうかもしれん。使って気付くものだな。人は一度楽な道に落ちるともう苦痛の道へは戻りたくなくなる。これは弱いものには使えないだろう」
「は、はい」
「だが心配には及ばない。上手くやってみせるさ」
「は、はい……」
安倍総理はバスターマンに右手を出した。握手を求めている。日本の総理大臣が、とバスターマンは緊張しながら震える手で安倍総理の手を握った。安倍総理はさらにそれに左手を添えて振る。
「頼むぞ。バスターマン。我が国のために。キミほど頼もしい友人はいない」
「は、はい。総理……。身に余るもったいないお言葉で……」
握手を放すと、安倍総理はスーツに手を突っ込んで手紙のようなものを出してきた。
「これは“総理と花を見る会”の招待状だ。キミが会場にきたときの客の顔が見てみたい。キミが友人だと国民が知ったら驚くだろうな」
「ええー! 私なんかが? いいんですか?」
「キミは今、日本で注目を集めている有名人だ。当然だよ」
「は、はい」
「そしてその場で日本に対する功労者として紹介するつもりだ。寄付金も目録として渡せば君も威張って使えるだろう? しかしカードは前もって渡しておくからしばらくそれで生活するのだ」
「え? は、はい」
バスターマンは安倍総理から招待状を受け取った。そして潮時を悟り、安倍総理に暇乞いをする。
「では本日はこれで失礼します」
「うん。どうやって帰るんだ? 壁は壊さないでくれよ」
「もちろん。では」
バスターマンは安倍総理に向けて敬礼すると、インビジブルボタンを押す。姿が消えたところで縦の壁を通過できる薄紫のボタンを押し、飛び上がった。
その体はすでに公邸上空。
バスターマンは公邸に笑いかけて、アパートへ向けて飛んでいった。
安倍総理はバスターマンがいなくなった公邸の中で妖しく笑う。
「体を消すことも出来るんだな。そして目の前の重量感が消えたと言うことは飛んで天井を通過していったということか。すごい味方だ。バスターマン。──ふふ、芦屋くん。“迂直の計を先知るものが勝つ。これ軍争の法なり”だ。キミの手の内は分かってる。先手先手を打たせて貰うよ」
ポツリとつぶやくと、自室に戻っていった。
●迂直の計:孫子の兵法、軍争篇にある。迂は遠回り、直は近道。遠回りを近道に変える策略のこと。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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