第105話 政局
黒い箱は思った。
この内閣総理大臣、安倍清陸はつまらない願いをする男だと。へんな客を掴んだ。期待外れだった。
しかし、安倍総理の中の心にまとまった思考を掴んだ。それに黒い箱は穏やかな光りを灯す。笑うように。やはり愚かな人間だ。破滅へ向かう願い事。
日本中の瓦礫を消す。
そして芦屋道治を消す──。
瓦礫を消すのはまだ自分の力を信じていない。分けないことだ。力を見せつけてやる。
そして芦屋を消す──。
消すのは芦屋だけに留まるまい。都合の悪いマスコミ。うるさい団体。この国家を統べる男がそれをすれば、めちゃくちゃになる。
面白い──。
楽しい──。
やがて来る破滅への道筋を考える。
芦屋を消すことぐらいまでは安くてもいい。
その後はふっかけていく。
彼は悩みながらもそれを提供するだろう。
一度楽な道に入ったものは、困難な道へは戻れない。
『wwww wwww』
黒い箱は笑っている。安倍総理も合わせて笑った。
「笑っているな。なかなか出来ないことを簡単にやってのける。素晴らしい道具だ。これからもよろしく頼む」
『wwww』
安倍総理はその日も安心して眠ることができた。
次の日起きると、また秘書が慌てている。そして新聞を数部持ってきた。
「総理。大変です!」
「どうしたのかね? また瓦礫でも消えたのか?」
「いえ。そうではありません」
渡された新聞を見る。
“解散はいつ? 内閣の求心力大きく低下”
“超党派、旗頭は芦屋議員。与党議員も続々”
“前大蔵大臣、金矢文明氏も芦屋議員へ合流”
“総理の体調悪化。後継は官房長官?”
安倍総理は苦笑した。芦屋などもうすぐ消えるのに。そんな思いだ。だが反乱分子を空中分解出来てちょうどいい。安倍総理は秘書へと新聞を突き返した。
「総理、いかが致しましょう?」
「別に──」
「しかし、金矢先生まで党を抜けるとなると……」
「金矢くんは後に後悔することになるだろうね。離党するというなら、もう除名だよ。そんな覚悟の元、UFO信者の党に参加するのだから」
「こ、国民も恐れています。また地球外生命体が侵略に来るのではと」
「もちろん。しかし我が国にはバスターマンがいる。それを国民に知らしめれば安心できるさ」
「ば、バスターマン?」
挙動不審な秘書に安倍総理は余裕気に笑って見せた。
クローゼットからスーツを取り出し着用すると、秘書についてくるよう促し、国会へと向かった。
金矢前大臣は、安倍総理を見ると深々と頭を下げうやうやしく離党届を提出した。安倍総理はその離党届を手に取って眉をひそめる。
「今内閣に入れなかったからかね?」
「い、いえ、そうではありません。芦屋議員には求心力があります。今日本はUFOアレルギーです。瓦礫を見ればそれを思い出します」
「キミはまた地球外生命体が侵攻してくると?」
「それは分かりません。しかし芦屋議員にはそれを封じる力があると信じます」
安倍総理はそれを笑顔で手を出した。
「金矢くん。今までありがとう」
金矢議員はその手を握る。申し訳なさそうに両手で強く握ったのだ。
「総理。大変申し訳ありません──」
二人は名残惜しそうにその手を離す。安倍総理は総理大臣の席へ。金矢議員はそれに背中を向けた。
芦屋議員の新党は最初はやぶれかぶれのような党だった。党員も芦屋一人。しかし、地球外生命体ラドキォー星人の来訪により、たくさんの議員が議席を持ったまま芦屋の元へと集まっていった。今では15人ほど。なかなかの勢力だ。
国民の支持はその度に上がる。マスコミも後押しし、芦屋議員を褒め称えた。
逆に内閣は突き落とす記事。特になにも失敗したわけではない。
しかし、復興が遅れていると書かれれば新聞を読んだものはその通りだと思ってしまう。
芦屋が立派だと書かれればその通りだと思ってしまう。
だが、安倍総理は気にも留めないように粛々と政策を実現していく。誰のためでもない。ただ日本国民のため。
安倍総理は官房長官である、岡太一を呼んだ。岡長官は金矢議員のことだと思い、安倍総理の下へと急いだ。
「やあ、岡くん」
「総理。金矢議員のことで? こちらに寝返る資料を揃えて参りました」
岡長官は安倍総理の前に、書類を出しながら頭を下げる。しかし総理は手を上げてそれを制する。
「いや。いい」
「え?」
「内閣の中枢にいたものが離党などと今後そんなことがあってはいかん。離党届は受理しない。金矢くんは除名とする」
「え? それはあまりにも気の毒で──。戻ってこさせないと……。除名されたら、金矢議員はもう党には永遠に戻れません」
「そうだろうな。彼は野党から与党に上がれることはもうない。次回の選挙では議員になれないかもしれない」
「し、しかし、彼の祖父の代からの地盤の力はかなり大きく──」
「そうだな。新人の福元くんを彼の区で出馬させることにしよう」
新人の福元は女性だ。もともと人気歌手で、安倍総理が説得して党に入れた刺客。選挙に興味がない若者はおろか、中年にまで人気がある。そして女性の票。少子化、女性の躍進への政策。これは大きい。これに金矢議員は敵わないだろう。
「裏切り者には容赦はしない。しばらく議員にはいさせてやるが、もう彼は這い上がれない」
「ええー……。しかし、金矢議員が抜けることによって、ガラガラと我が党は崩れてしまうのでは──」
「気にすることはない。そんな弱い議員はいらない。それにいくら金矢くんと芦屋議員でも、過半数の議席を集めることは出来ない。せいぜい40議席だろう」
安倍総理は不安がる岡長官の肩を叩いて激励した。
野党で40議席は大きい。しかし安倍総理はまだまだ余裕があるようで、岡長官も安心したようだった。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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