第104話 総理、二つ目の願い
小さい。小さい──。
安倍総理は思った。それは敵であろう、芦屋議員の器。人物像のことであった。
知ってはいたが、こすい相手だ。磨けば光ったかもしれないが、目に見えない力が自分にあると信じてしまった。後は彼の自滅を待つだけだ。
その日の予算審議はスムーズに行った。気分を良くした芦屋議員は重要な案件を止めることなくスルーした。そして、内閣を倒すために野党共闘の動きを早めている。
連立を膨らませて次の選挙では自分が内閣総理大臣になる。そんな野望があるのであろう。
あんなものが総理大臣になったら日本も末だな──。
安倍総理の思い。外に張るべき防衛線、防衛壁を巡らせなくてはこの国は近隣にいいようにされる。いやもうすでにされているのに気付かない。気付かせない団体がいる。内閣のミスを重箱の隅をつつくようにして、ゆっくりと壁を剥がしてゆく。
時には芦屋のようなバカを担いで、前を見させようとしない。愚民化に陥れられている。
麻薬のように、快楽や平和に慣れさせ廃人化してゆくのだ。
「そんなことはさせん」
安倍総理は公邸へと戻り、黒い箱を手に取った。
『願い事を言って下さい』
「不思議な箱だな。血税を使って撤去しなくてはならない瓦礫をいとも簡単になくしてしまうとは」
黒い箱は淡く光る。まるで褒められたのを喜ぶように。
『wwww──。あなたには敵がいるのでしょう。野党の議員に、あなたを叩くマスコミや団体たち。私の力をもってすれば、それらを瓦礫を消すが如く消して見せますよwwww』
安倍総理は苦笑いを浮かべた。なんでもお見通しと言うわけだという笑い。黒い箱のほうでも激しく笑いを現す文字を流した。
「そうだな。早々に叶えて欲しい願いがある」
『願い事を言って下さい』
総理はシャツを胸までまくり上げた。そこには小さなホクロ2つと大きなホクロが1つ。
「今度はこのホクロを提供したい」
『なるほど。それだけですと、かなり願い事が限られます』
「なぁに。大したことじゃない。たった10文字。もしくは11文字だ」
黒い箱は安倍総理の言っていることがよく分からなかった。彼の心の中を覗こうとするが絶えず政策や知識が動き回り、なかなか奥底を見ることができない。
これはそんじょそこらの人間ではない。とても頭のいい人間か──それともすでに壊れてしまっているか。
『願い事を言って下さい』
「本当に大したことはない。キミはわずか11文字の数字を教えてくれればいいだけだ。それは──バスターマンの電話番号」
『叶えられました』
黒い箱の意志に反して、簡単な願いは自動的に叶えられてしまう。裕を消したときのように。
本当は黒い箱のほうでも真意を聞きたいのだ。しかし自動処理。それは箱の“本能”と言えるべきものなのだろうか?
どうにもならない簡単な願い事。
安倍総理の体に赤い光が伸びる。続いて安倍総理のスマートフォンに白い光。
安倍総理の体からホクロは消え、スマートフォンのアドレス帳には“バスタードマン”の文字。
安倍総理は微笑みを浮かべた。
「ありがとう」
そして、スマートフォンのその文字を選び、受話器を上げるアイコンをタップした。
数回のコール。知らない電話番号からだからであろうか? 先方はなかなか通話に応じない。
しかし先方の悩みの末なのか、安倍総理のスマホに通話時間0:00と表示された。
「──もしもし?」
明らかに訝しげな声。しかし安倍総理は友人に対するように声の調子を高くして、そのものに話し掛けた。
「あ、初めまして。内閣総理大臣の安倍です~」
「い!?」
「先日は我が国を救って頂きありがとうございます。国民に代わってお礼を申し上げます」
「い、いえ! あの! 当然のことをしただけであります! はい!」
上擦りながら答えるバスターマンこと長井英太。まさか内閣総理大臣から直接電話がかかってくるとは思わなかった。
嬉しくなり、思わず電話を前にして泣き出してしまった。
安倍総理はしばらく電話の向こうの泣き声を微笑みながら聞いていたが冷静な言葉を放つ。
「やはり」
「え?」
「キミはバスターマン」
「は、はい」
「私の番号は登録しておいてくれたまえ。これから、国の危機の際には連絡させて貰うかもしれない」
「は、はい。それはもう……」
快い返事だ。安倍総理も嬉しくなった。
「ただし、戦争などでキミの力を使おうとは思わない。キミの力は人知を越えている。あくまで宇宙からの攻撃や、見知らぬ生物からの攻撃に限定したい」
「あ、はい。それはそのつもりで……」
「キミのような人物が我が国にいると知れたら、他国から批判されたり、暗殺されたりされるかもしれない。だからキミの正体は秘密にしておいてくれ」
「は、はい。その……ヒーローの正体は秘密ですから」
さすがヒーロー。安倍総理は電話の前で笑う。
「それから、少し下世話な話だが」
「あ、はい。何でしょう」
「国民からキミへのお礼と、たくさんの寄付金が届いている。総務省の信頼ある人物が今は管理しているが、それは本来バスターマン。キミが受け取るべき金だ。今後の活動に割り当てて欲しい」
「あの……、いえ、それは国への寄付で……」
「いや。キミは瓦礫撤去のボランティアをしてくれているそうだな。休日を利用して。ということは仕事をしているのだろう。出来れば辞めてバスターマン活動に専念して欲しい」
「いえしかし、労働は国民の義務で……」
「35億だぞ? 税金はかかるがな」
「い!?」
助かった国民たち。バスターマンに心からの礼金。企業もそれには参加していた。集まったのは膨大な35億。それで瓦礫撤去もできるが、バスターマンの力でやった方が早そうだ。
それに、バスターマンには未知なる敵に戦って貰わなくてはならないかもしれない。
「それで、ヒーロー特有の秘密基地など作ったらどうだろう。事務員や税理士も雇える」
「は、はい。でも──」
「それで活動したまえ。国民はそう望んでいる」
「は、はい」
「ところで、キミは公邸へと忍び込めるか?」
「え? ちょっと確認します」
英太は変身用のブレスレットのガイドのボタンを押すと、ガイドのきゃんが現れた。
「はーい。いつも元気にわんわんわん。あなたのハートに首輪をつけちゃう。コントロールセンターの鈴村きゃんです!」
「きゃんちゃん。今、総理大臣から電話が……」
「え! すごいじゃん。バスターマン!」
「そうなんだ。それで公邸に見つからないように入り込めるかな……」
「出来るよ。インビジブルボタンを押せば姿が消えるし、他にも機能がたくさん!」
「うぇーい! やったぜ!」
英太はもう一度電話に食らいついた。
「出来ます!」
「そうか。では手続きなどあるから二日後のこの時間くらいに公邸の中で会おう」
「はい」
「では二日後に」
総理は電話を切り、黒い箱へと微笑みかけた。
「これは──。芦屋の言うとおり政府の陰謀ということになるのかもしれないな」
「wwww」
黒い箱は怪しげに笑った。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
※感想を書かれる際には、現政権に対する批判などはご遠慮願います。