第103話 総理、一つ目の願い
光る文字。おもちゃのような。それともゲーム機のような。新型のパソコンのような、音声認識するAI機器のような。
しかし機械音はない。ただの文字だけだ。
「ふぅ。イタズラグッズかなにかか。いささか驚いたが分かってしまえばなんということもない」
しかし黒い箱からさらに文字が流れる。
『この箱はあなたの願いを叶える箱。使い方は、願い事を言う→その代償に箱はあなたの体の一部を頂きます。あなたの体がなくなれば願い事は終了です』
総理は驚いたものの、その文字を読んで息を飲んだ。
「願いを叶える? そんなバカな」
『願い事をどうぞ』
総理はしばらく箱とにらめっこ。そのうちに震える手でそれを掴みあげた。
「そうか。願い事。では官僚たちがちゃんと仕事を行えるように永田町、霞が関近辺の瓦礫をきれいさっぱり消し去ってくれ」
『代償を言って下さい』
「代償。体の一部と言っていたもの……そうだな」
総理は左腕のYシャツの袖を肘までまくり上げ、肘の一部を指さした。
「これだ。前から気になっていた出来モノがある。これで出来るか?」
そこにはポツンとイボのようなものがあった。硬質化して痛みなどもない。歳とともに出来るというやつで、総理にとってはまったく不要なものだ。
黒い箱は表面に解読不可能な文字を現したかと思うと、それは消えて新しい文字が流れる。
『叶えられました』
その瞬間、総理の左腕に赤いレーザーポインターのような光が伸びる。だがそれは一瞬。次に黒い箱は高く浮かんだかと思うと回転し白い光を乱発射して、ゆっくりと降りて総理の机の上に。
総理は一連の出来事に驚いて自分の左肘を見る。そこには長い付き合いだったイボは無くなっていた。つるんとして、イボがあった形跡などどこにもない。
「ふふふふふ」
なにか面白いのだろうか?
総理は笑う。気がおかしくなったのか。それとも、素晴らしい道具を手に入れたと思ったからか……。
いずれにせよ、黒い箱の新しい持ち主は、時の総理大臣、安倍清陸となった。
その日の総理はグッスリと安眠できたようだ。
次の日。早朝から公邸は騒がしかった。
秘書の一人が総理の寝室のドアを叩く。
「総理、お休みのところ申し訳ありません」
「どうした? まさか永田町や霞が関周りの瓦礫でも消えていたのかね?」
ドアを挟んだ向こうの秘書の声が止まる。しかし慌てるかのように彼は安倍総理に尋ねた。
「どうしてそれを?」
「なんだ。当たったのかね。そりゃ驚いた」
安倍総理は驚いた振りをするものの、これはホンモノだと思った。自分の左肘にあったイボは無くなった。永田町、霞が関周りの瓦礫も無くなった。
安倍総理はベッドの横にある小さなチェストの上から黒い箱を取って見つめた。
『願い事を言って下さい』
「ふふ。いいものを手に入れた──」
安倍総理は独り言のように箱に微笑む。箱のほうでも嬉しそうに淡く光った。
安倍総理が国会に赴くと大変な騒ぎだ。主な大臣たちは総理の下へと駈け寄り、永田町、霞が関周りの瓦礫が無くなったことを同じように報告した。
「ボランティア活動のものたちがやってくれたとしても限度があります」
「SNSでは瞬時に瓦礫が消えたとつぶやく者が多数居りました」
安倍総理に群がるように持ち合わせた情報の報告。なににしろ政府にとっては喜ばしいことだ。
この予算を他に回せる。永田町、霞が関周りの瓦礫の撤去や処分だけでも相当な金がかかる。まだまだ東京に積もった瓦礫はあるが、それもなんとかなるかもしれない。
しかし安倍総理を待っていたのは、UFO信者の芦屋。彼はこの不思議な出来事を、自分のおかげだと声高らかに言ってのけたのだ。
「かねてより親交のあったヒホリント星人からの贈り物です。私が日夜祈っていたら、昨日のうちに瓦礫を撤去してくれました」
普段であれば一笑に伏す内容だ。しかし、この国会内に芦屋議員の支持者はかなり多くなっていた。
「おお!」
という歓声。事情を知っているただ一人の人物である安倍総理のみ、馬鹿にしたように笑った。それを芦屋議員は見逃さず、野党たちのヤジを煽りながら安倍総理を咎めた。
予算委員長は静粛にするよう指示し、安倍総理に芦屋議員に失礼だと謝罪を促した。それに安倍総理は手を上げる。
「内閣総理大臣」
「はい。芦屋議員のこれは質問ではありませんのでお答えはいたしかねます。また芦屋議員が友好のある人物のおかげであるならば政府としても親書を出す準備をいたします」
それに対して芦屋は手を上げる。
「芦屋道治くん」
「ヒホリント星人は外国、友好国ではありませんし、総理からの親書は意味が分からないでしょう。私からお礼を述べておきます。彼らのボランティアにはそれで充分です」
安倍総理は勢いよく手を上げた。
「内閣総理大臣」
「芦屋議員に改めて御礼申し上げます。それでヒホリント星人は今後も瓦礫撤去のボランティアをしてくださるんでしょうか?」
芦屋議員は少し驚いた様子だったが平静を装って手を上げた。
「芦屋道治くん」
「無論。気まぐれな彼らですが根気よく交信すれば手伝ってくれるかも知れません」
それに対して安倍総理も手を上げる。
「内閣総理大臣」
「では、芦屋議員の今後の交渉に期待しております。またボランティアがある際には連絡が欲しいものです」
全てを知っている安倍総理だったが、国会の席上である以上下手なことは言えない。却って芦屋のハッタリが面白くなってしまった。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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