第102話 内閣総理大臣
もしも黒い箱を手にいれたら何を願うだろうか?
黒い箱は人体の一部を得ることで、その対価の願いを叶えてくれる。
しかし、箱は持ち主が死ぬか、箱が持ち主を見限るか、持ち主が誰かにプレゼントするまで離れないのだ。手にいれたら、ほとんど破滅を意味するのである。
国会議事堂──。
衆議院予算委員会の席上で、本年の予算に付いて議論を交わされていた。
野党の仕事と言えば、針の穴もみのがさず、内閣の方針やスキャンダルを吊るし上げにすることだ。
そして今の日本は壊滅状態に陥っていた。
それというのも、テレビのバラエティ番組に出演した少年の呼び出した未確認飛行物体により、各地が攻撃されてしまったため、その復興に対する予算がかさんでいたためだ。
「委員長!」
「芦屋道治くん」
野党からの攻撃。この重要な局面に足の引っぱりあいだ。総理大臣は眉をひそめた。
この芦屋はもともと同じ党員だったにも関わらず離党し新党を立ち上げた。党の名と力を借りて当選したにも関わらず野望のために議席を持っての離党だった。反旗を翻すやいなや声高らかに内閣を罵った。
その日も、フリップを用意しテレビカメラの前にそれを設置して国民に分かりやすいようにいかにこの内閣がダメかを説明する。
「総理。これはどういうことですか? 瓦礫撤去担当大臣が明らかに不正を行い、予算の大部分を総理の支持団体のある地元の方に固めているんですよね。逆に東北の都市なんかは低めですよね。これについてどうお考えですか? 団体から賄賂でも貰っているんじゃないですか?」
総理もそれについて手を挙げるが、委員長は別の大臣に説明するよう指名する。
「国土交通大臣」
「総理に聞いてます!」
芦屋議員の言葉を遮るように国土交通大臣が壇に立ち、もっともらしく説明すると与党からも「そうだ」との応援の声が上がるが、それに野党はヤジを飛ばす。
「総理の考えはどうなんですか? 総理、お答え下さい」
またも総理大臣は委員長に向かって手を挙げる。
委員長は疲れている総理にこれ以上負担をかけたくないとの忖度があったが已む無く総理を指名した。
「内閣総理大臣、安倍清陸くん」
安倍総理は立ち上がり、壇上へ立つ。
回答といえば肩すかしのものだ。
「現時点では可及的速やかに損害の多い地域から復興すべきと判断しています。しかし、必要であれば手続きに則って、他の地域へと法律上の措置を実行する考えであります」
それに対して質問中の芦屋議員はすぐに声を上げる。
「必要とはなんですか? どの地域も同じ日本国民ではないですか。総理は現在の状況を把握しておりますか? この緊迫した状況でも私欲が大事なのですか? お答えください」
しかし、その芦屋議員の言葉を委員長は止める。
「芦屋くん。質問のある際は手を上げて下さい。また、質問状にないことを聞かないように」
芦屋議員は怯まずにすぐに手を上げた。
「委員長!」
「芦屋道治くん」
「総理に伺います。どの地域も同じ日本国民であります。それをこちらは優先して、あちらは後回しとはおかしいではありませんか! 明らかに身びいきで、何かしら裏で繋がりがあるとしか思えません!」
「国土交通大臣」
「委員長! 総理に聞いております!」
国会は行き詰まった。他の野党議員も芦屋議員の後押しをして大騒ぎにヤジを飛ばす。
瓦礫撤去の法案はサッパリ進まず、その日は審議が中断となってしまった。
中断──。
与党議員も野党議員も、夜遅くに議員宿舎へと帰って行く。総理も三人の秘書を連れて総理官邸へと帰っていった。
総理の車の前には瓦礫はない。信号も全て青だ。一国の首相が止まるなどということはない。障害物もなく、通常通りに官邸へと帰れるのだ。しかし、総理が通らない道はまだまだ瓦礫の山。それを見て総理はため息をつく。
官邸へと入ると、ネクタイを緩めながら公邸へと入るが決して心安まるヒマなどない。
秘書たちを下がらせ、自室へと入り細く息をはいて大きなイスへと寄り掛かった。
「芦屋のやつめ──」
今では、野党の首領だ。ただ声を張り上げて政策を批判することだけ。元々芦屋は同党で盟友でもあった。しかし、少しだけズレていた。
オカルト好きで、地球外生命体の存在を肯定していた。そして政府はそれを隠しているのではないかと考えていたのだ。当然、そんな資料などない。
だが芦屋は同党の自分にも隠していると思い込み、自分が野党を率いて連立を組み、座席を多く得て政権交代を狙っている。
その理由は政府が極秘資料を隠しているかどうかの検証という、周りが聞いたら失笑するようなものだ。
「だが地球外生命体は来てしまった」
総理は疲れたように笑った。
UFOはやって来た。大きな爪痕を遺して。危機は去ったにしろ残後処理が大変だ。
くだんのレーザー光線による瓦礫の撤去。大勢の人が亡くなった。日本中が大きな被害を受けたが、芦屋がポーズで言うように、どこもかしこも大打撃で均等的に復興しなくてはならないという訳ではない。
区別や差別をするわけではないが、被害が軽微であるところもあるのだ。
それをここぞと言わんばかりに責め立てられる。却って復興が遅れるのだ。
「明日の国会も荒れるな。何しろアイツはUFO対策をしろなどと、一部のオカルトファンからの支持で当選したヤツだったからな。それが現実になってしまった今、野党も合流しようとしている」
細く細くため息をつく。重い疲れが抜けていくようだ。顔を上げて、ふと気付く。
総理の机の上。イスに腰を下ろす彼の目の前に見たこともない、プラスチック素材のような箱があるではないか。
「ん? こんなもの見たことがない。秘書が置いたのかな──?」
独りごつと、浮かぶように箱に光る文字が現れた。
『願い事を言って下さい』
「わぁ!」
総理は椅子から滑り落ちそうになった。その声を聞きつけて入って来たのは体格のよいSPが2人。
「総理! いかが致しました!?」
総理は急いで体勢を整え、冷静を装った。
「ん。なんでもありません」
「……そ、そうですか?」
「寝ぼけて椅子から落ちそうになっただけです」
「ああそうですか。お疲れでしょう。早めのご就寝を」
「ありがとう」
SP二人が部屋から出ていくのを総理スマイルで見送る。扉の閉まる音で、もう一度箱の文字を確認した。
『願い事を言って下さい』
やはり。この箱は願いを叶えるらしい。
※ここに登場する内閣総理大臣 安倍清陸は、第90・96・97・98代内閣総理大臣 安倍晋三氏とは一切関係ありません。
※これは娯楽作品です。政権批判や内外政策への提言など一切ありません。
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