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アイ在るセカイ  作者: No.
リンゴという女の子の物語。
9/11

怒りの矛先は折れている。

前のが酷すぎたので、差し替えました。今回のは、内容が痛々しいので、苦手な方は御覚悟を。

 自分よりも年下の同居人達の仕度する姿を確認してから、私は家を出る。扉が乾いた音を響かせて、無事に閉まりきるのを確認すると、私はほっと胸を撫で下ろす。

 今朝も私は普通で居られた。


 いや、反省するべきところはあるのだけれど、それでも完全なミスとは言えない程度のことだから、それを数えはしなかった。自分に甘過ぎる気もしないわけではないが、これくらいの許容がなければ、私のネジは外れて、やがて動かなくなってしまいそうだから仕方ない。


 小学校を卒業するくらいの頃だ。あるとき突然、ようやく私の地獄が終わった。

 両親がパトカーに乗せられる姿を眺める私を、周囲の人は優しく迎え入れてくれていた。

 ようやく普通の生活が送れるのだと、私は素直に嬉しくなったことを覚えている。ようやく、私は自由になったのだと、微笑んだ。


 しかし、人生というものは残酷で、そこまで上手くはいかなかった。


 あるとき、同じ施設の男の子に暴力を振るわれたから、やり返した。やり返して、やり返し、やり返し過ぎたことに気が付けなかったのは、今ならば不思議に思える。

 その男の子は病院に行き、私は強く責められた。

 そこで知ったのだが、人を気絶するまで殴ってはいけないらしい。両親は何も教えてくれなかった、というよりは、真逆のことを教わった。

 いつからなのか、あの地獄の底が私の住み処になっていたことを、その後、カウンセラーの人に聞かされた。

 私は、すでに壊れていたのだ。欠陥品なのだ。


 鞄を持つ手をキュッと結び、大きく息を吐いて、私は歩き出す。誰もいない通学路は、誰の視線も、誰の肌も、触れることはなく、誰かが私を傷つけることも、私が誰かを傷つけることもありはしない。


 誰かに攻撃されたら、私は反撃を抑えられるだろうか。


「おはよう、リンゴちゃん」


 ふいに声が聞こえて、私は驚いそちらを見る。そこに居たのは、近所に住むお婆さんだった。


 とても危害を加えるような人間ではないから、普通に接しても構わないはずなのだが、それでも、私の身体は畏縮する。固まった喉を震わせて出した言葉は、酷く拙いものだった。


「おはよう……ございます……」


 モモやユズならば、きっと上手く対応するというのに、とても品が良い挨拶が私には出来ない。


 逃げるように、立ち話をすることなく歩き出した私は、お婆さんの目には、きっと悪い人間に写ったことだろう。

 やはり、私は駄目だ。


 すぐ近くに建つ学校の校門をくぐり、私は部室に向かう。


 もちろん、私が誰かと戦う部活に入るわけもなく、一人で鍵盤を叩くだけの、ピアノ演奏同好会という存在すらも忘れられた部活に所属している。

 まあ、特技なんて無いから、別に何でも良かったのだが、唯一廃部になりかけていたのが、これだった。


 正直、音符も音感もないから、すぐにでも辞めたいが、他にゆっくり出来る場所もないから続けている。秘密にしているが、いま練習している曲は"キラキラ星"だ。……簡単な方の。


 何かに熱中しているときだけ、私は怒りを忘れられた。


 施設を出られるように、私はたくさん努力をした。

 勉強だって、小学生のときに出来なかったから必死になって覚えて、運動も、食事が出来ていなかったから平均まで直すのに苦労した。


 独りになれるように、優秀な成績を修めて、奨学金も手に入れた。


 そして、あの寮、様々な境遇の人達を集め、社会性を養うための施設に身を置いた。家賃は要らず、比較的少ない人数としか接しない環境は、私にとってかなり好都合だったから。

 同じような境遇の、いや、一緒にするのは失礼だが、何か悲しいことがあった子達が入ってきた。


 あの子達を、傷つけないように、毎日神経を使っている。


 私は、今は使われていない第三音楽室を開く。老朽化の進んだ旧校舎の一室は、多少掃除をしてあるとはいえ、あまり綺麗とは言い難かった。


 机や椅子、カーテンなどはボロボロで、洗っても汚れが取れないほどに劣化している。だからこそ、誰も来ないだけれど、それでも何とかしたいものだ。


 顧問はいない。というのも、名前だけ貸してくれる先生を、理事長が見つけてくれた。

 ここに来れるのは、私だけだ。

 私は、ハンカチを椅子に敷いて座り、ピアノの蓋を持ち上げた。


 音楽は苦手だった。両親や、両親の友人達が好んで聴いていたから、それで嫌いになった。


 彼らが笑いながら音に耳を傾けて、歌手や演奏家も幸せそうに音を奏でているから、どうして自分みたいに不幸ではないのかと、自分勝手に、最低なことを考えていた。


 同じように、ハッピーエンドが嫌いだった。


 親に似たのか、あるいは生来のものなのかは定かではないが、どちらにせよ、私が酷い人間であることには変わり無い。私は醜い。私は―――……。


 その時、いつの間にか鐘が鳴っていた。予鈴ではなく、たぶんホームルーム開始の。


 授業をサボるなんて、不良のすることだ。しかし、今日はなんだか気分が悪い。このまま、体調不良で早退しようか。

 ガサゴソと、鞄から携帯電話を探す。モモから借りた下敷きがあったり、ユズから貰った飴が入っていたり、あまり学生らしくない中身が見える。


 そして、携帯電話を見つけたとき、あることを思い出した。

 ユズに鍵を貸したままだから、たとえ帰ったとしても、家には帰れないではないか。


 仕方なく、そんな悪い思考を脳裏に浮かべながら、私は音楽室を後にした。

 そういえば、家に帰れない、なんて言葉を、頭の中だけとはいえ、使ったのは何年ぶりだろう。


 小学校から寄り道もせずに、寄り道もさせて貰えずに帰ると、親が勝手に家を空けていることがあった。


 蚊が昇る夏の夜でも、霜が降りる冬の朝でも、居ないのだから、帰ることは出来ない。お腹が空いても、泣いてはいけない。殴られるから助けを求めてはいけない。


 首輪が無いだけで、犬よりも粗末な扱いを受けていた。いや、首輪を付けられたこともあったか。


 愛情の変わりに暴力を、受け取れるだけ与えられた私には、誰かを愛することは出来ない。親だけが悪いわけではなく、あのとき逃げ出そうと思えなかった私も、十分に悪いのだ。


 世界は愛情の譲りあいによって成り立つと、理事長は言っていた。だから、私は幸せになれないのだろう。

 愛の無い私には、幸せになる権利はない。


 せめて、誰も悲しませないように生きなければ、ただでさえ少ない価値も消えてしまうのだろう。

 私は、私に鞭を打ち、今日を生きる。


 放課後になり、ようやく人から離れることが出来た。優しい彼らは、私にも話し掛けてはくれるけれど、残念なことに会話は、最低限だけに留めている。


 罵声と舌打ちくらいしか会話を知らなかった私が、普通の会話をすることは難しいから、自主的に控えているのだ。

 そのせいか、私は学年でも不良認定されていたりするのだが、それはもう仕方ない。


 私はクラスメイト達の視線を背中に受けながら、いつものように音楽室へと向かった。

 いつものように、だ。

 それなのに、それだけだというのに、今日だけは違った。


 音楽室の扉を開けると、そこには知っている顔が3つあった。

 一人は顧問にされている先生。

 ……そして、残る二人は、私の両親だった。


 私を睨んでいたあの目が、私を殴るあの腕が、私を不幸にして遊んでいたあの二人が、並んでこちらに笑みを向けている。向けている。向けている。


 どうしよう。


 先生がなにかを言っているけれど、なにを言っているのか聞こえない。


 なんだろう、心臓が冷たい。


 声が、出ない。


 二人が口を開く。開く。


「また、一緒に暮らそう」


 地獄が私を誘っていた。帰ってこいと笑っていた。

リンゴちゃんは集中力があります。感覚を極力麻痺させて、内面に逃げるために変質しました。

首輪の女の子は好きですが、暴力は嫌いです。大嫌いです。

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