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アイ在るセカイ  作者: No.
ユズという女の子の物語。
5/11

彼女が楽をする理由について。

誰よりも何かが出来ることは、素晴らしいことである。……などと、自分を誇りに思っていた時期が、僕にもあった。

足を動かせば誰よりも速くて、筆を取らせれば、どんな難問も簡単に解いてみせた。


周囲の大人達は、僕のことを"神童"と呼んでもてはやし、将来のためにと媚を売り始めるのは、ある意味必然とも言える。しかし、それだけだ。

あまりにも優秀過ぎると、人間はそれを受け入れられなくなるのだ。


小学校に上がって間もなく、僕はひとつの過ちを犯した。

授業参観という晴れ舞台で、僕は先生の間違いを注意した。簡単な間違いだった。周りで見ていた誰も、それに気がつかなかっただけで……。


その日から、僕は無視されるようになった。


出る杭は打たれると言うけれど、無かったことにされるのは初めてだった。

人間は不本意だ。優秀であることを求めるくせに、自分より優れた人間を迫害し、無かったことにする。

矛盾だらけ。しかし、それが人間である。


力を抜こう。手を抜こう。そうしてようやく、僕は一人前になる。



■■■



朝日が昇ってから、すでに二時間は経過していた。何だかんだで、一睡もすることなく夜が明けて、もう面倒になって睡眠を諦める。


ここに来ても変わることのない、何度目かの習慣だ。

流行りの対戦ゲームの噂を聞いては、それを一晩中試してしまうのだが、僕の唯一の趣味だからということで、何とか許して貰っている。


マウスを操作して、自分のランクを確認する。

三週間目で取れた初めての一位が、やけにキラキラと輝いていた。もちろん物理的な意味であり、こうして勝者を称えているのだ。


顔が見えなければ、文句を言われても、私生活にさほど影響はない。せいぜい、チャット欄に罵詈雑言疑心暗鬼の文字列が無駄に構成されるだけだろう。


だから、この小さな世界は、僕にとって唯一、本気を出しても許される場所なのだ。まあ、チートや回線切断が多くなってきたから、これはそろそろ引退するけど。


しかし、それでも肉体は限界を迎える。眠気で体が動かなくなり始めたため、僕はパソコンを閉じて、朝日から逃げるように、布団を頭まで被った。


眠気のままに、ゆったりと意識が沈んで行こうとした丁度そのとき、扉が勝手に開いた。

小さな足音は僕の近くに寄ってきて、薄れて隠れる意識を引き戻す。


「ユズお姉ちゃん、朝ですよ。起きて、顔を洗って、ご飯を食べましょう」


その丁寧な言葉は、あまり大きな声ではないのだが、同時に体を揺らすため、眠気が僅かに薄れていった。

そうか今日は学校だった。そんなことを思いながら、僕は起こしてくれた人に、返事をする。


「ふにぁ~。おはよ、モモちゃんぅ~……」


間抜けな声だ。才能があると、意識していなくても、頭が良さそうに話してしまうものらしく、面倒なことになるから、このくらいのハンデを持って喋ることにしている。

まあ、今では定着したのだけれど。


僕はゆっくりとら重い瞼を開いて瞳に光を入れた。


「おはようございます。ユズお姉ちゃん」


寝ぼけ眼の先には、ツインテールの可愛い顔があった。名前はモモちゃんで、小学四年生の礼儀正しい女の子である。

世の中、こんな子ばかりならどれだけ楽なのか、そう思わせるほど優しい子だ。


僕は同居人である彼女に免じて、起きることを決意して、足をベッドの外に出して、モモちゃんの隣に立った。


「はやく降りてきて下さいね?」


モモちゃんは照れたような笑みを浮かべて、そう尋ねる。僕は何とか保った意識で、それに反応する。


「うん、分かったよぉ~……」


それを確認したモモちゃんは、楽しそうに部屋を出ていく。着替えまで確認させることを、リンゴちゃんがさせないことくらい分かっていたが、そこまでして貰わねば意識が途絶えそうで苦しい。


才能を分けて、半分ずつで活動したいくらいだが、世界はそこまで都合よくはない。


ふらふらと、なんとか制服を着ると、服を投げ出したまま階段を下りる。

ぼやけた視界を何とか認識して、とりあえずトイレに向かった。ベッドから一メートル以上も歩いて疲れたから、座りたかったというのが大きな理由だったりする。


扉を開け、パンツを下ろして、軽く目を閉じた。


小さな空間は音を消し去り、うるさい雑音は何一つない。時間の流れが止まっているのかと思えば、手のひらの雨粒はころころと転がっている。


ここは森の中で、素晴らしく心地の良い場所だ。

誰の文句も聞こえず、何を考えても、誰の考えとも食い違わない。そんな綺麗な場所だ。いつまでもここに居たいくらいだ。


いつからだろう。こんなに人が嫌いになったのは……。

最初はこんなふうでもなかったし、もっと言えば人懐っこい性格だったような気もする。何が原因なのかと考えれば、やはりあの時だろう。


小学何年生かの冬、将棋大会に行ったときだ。友達が遅刻して、失格になりそうだから、代わりに出てあげた。

ついでに、優勝もしておいた。特段難しくもないルールでは、小学生の地区大会レベルで優勝することが難しいはずもないのだが、しかし、それが気に食わなかったらしく、その友達は僕の頬をビンタして、目を腫らしながらどこかに走っていった。

何時間も頑張ったのに、横で見ていただけの友達が勝った事実を飲み込めなかったのだろう。


下らない話だ。

本当に、下らなーー……。


「ユズっ! 起きてっ!」


その声で、目が覚める。

開いた視界は、何故か明るくて、思わず目を細めてしまう。扉を開けて、こちらを見ている人物を僕は知っていた。


「……ん……ふぁ、リンゴちゃんどうしたの? 私の部屋で」

「早く目を覚まさないと、今後ずっと、ユズの部屋はここだからね!」


長い前髪の向こう側に、同居人の高校生であるリンゴが、文字通り顔を赤くして立っていた。

目を擦りながら、自分のいる場所と、トイレに座るまでの経緯を思い出す。居眠りをしてしまったのだ、お恥ずかしい。

いそいそと、パンツを履き直してからお礼を言う。


「ありがと、リンゴちゃん。起こしてくれて」


年上ながら可愛い顔を膨らませて、リンゴちゃんは不満そうに口を動かす。


「だから、夜更かしするなってーー……」

「ところで、いま何時?」


狂って間もない体内時計が、残り時間を計算する。僕の問いに、リンゴちゃんは腕時計を確認して唖然とする。


「今……あっ!」


僕を置いて、慌ててリビングに歩いていった。どうやら正解だったらしい。


リンゴちゃんの後を追うと、もうほとんど朝食は出来ていて、食卓の端にはモモちゃんが座っている。


「お箸出して起きました」


僕とは違って良い子である。天使である。


「ありがとう。いまサラダと味噌汁出すから」


僕はモモちゃんの向かいに座る。まだ夜更かしが効いていて、大きな欠伸となって口を塞いだ。


「ふぁ~眠いぃ~……」

「いま寝ても、もう起こさないからね?」


リンゴちゃんのキツイ声が、僕を急かす。

ああ、なんて楽なのだろう。頑張らない僕に、誰も期待しない。応えなくていい。

応え過ぎなくていい。

ユズちゃんは天才です。でも、だらけているのです。抱き枕にしたいくらい可愛いですよね?

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