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アイ在るセカイ  作者: No.
モモという女の子の物語。
2/11

彼女が喜ぶ理由について。

子供の頃……いや、今だって十分子供と呼ばれる年齢なのだが、それよりもずっと以前、幼稚園児に成り立ての頃の自分に、母は何度も語りかけていた言葉がある。


『喜ぶより、喜ばせる人間になりなさい。それが貴女の価値になるのだから』


とても、その年の子に言うような言葉ではないし、今でだって、聞かされる機会はほとんど無い。

それでも、その一篇の小説のような台詞を飲んで、"モモ"という可愛い少女を演じている。



■■■



目が覚めて、昨日のことを振り替える。

これは日課だ。こうすることで、記憶力が上がるのだと、学校の先生である父が教えてくれた。


そして、ピンク色の子供らしい布団を取り払い、ベッドから降りると、もう一つの日課である行動を取った。


鏡を見て、モモの笑顔を確認する。女優だった母から受け継いだ、この可愛らしい顔は周囲からも評判で、笑顔で話し掛ければ大体の人間が優しく返してくれる。


ひとしきり、何も変わり無いこと確認した後、制服に身を包み、身だしなみを整えてから、モモは自分の首の高さの取ってに手を掛け、なるべく音を鳴らさないようにして扉を開けた。


母が死んでから三年が経つ。

死因は窒息。よくある自殺だった。

美人薄命なんて言葉があるけれど、母の場合は自業自得だったとモモは思う。


父が浮気をしてから、母はお酒を飲むようになり、お酒を飲むようになってから、モモに暴力を振るうようになった。モモが怪我をして倒れると、母は悲しそうに何度も謝るのだが、病院には連れて行ってはくれなかった。


結局のところ母は、父も、モモも、周囲の人間達をも喜ばせる事が出来ず、独りになった。それで死んだのだ。


母は愚かだった。


周囲の期待に応えることを怠った。でも、モモは違う。どこに居ても、誰の前でも、周囲を喜ばせて見せよう。

それが、モモという人間の喜びになるのだから。


同居人を起こしてから、階段を降りると、まるでドラマのような、包丁の叩く音が一定の感覚で聞こえてきた。

着替えを洗濯籠に入れ、リビングに出ると、リンゴお姉ちゃんが台所に立っていて、味噌汁の具材を切っている。


何か考え事でもしているのか、こちらの気配に気づかない。その様子を見ていると、階段を降りる音がした。


振り返ると、先程起こしたばかりの、ユズお姉ちゃんの後ろ姿がトイレの中に消えていった。基本的に、この家に居る人には、おはようが必要ないらしく、二人が挨拶しているところを見たことがない。


しかし、やっていないからと言って、自分もやらない訳にはいかない。習慣とは意外と重要なのだ。


モモは、意を決してリンゴお姉ちゃんに、笑顔で挨拶をした。


「リンゴお姉ちゃん、おはようございます」


しかし、案の定というのか、反応がない。いや、無視をしているだけなのかもしれない。


可愛いモモの笑顔を見れば、大抵は笑顔で返してくれるはずなのだが、リンゴお姉ちゃんの顔は怒ったような表情で、一心不乱に調理を進めている。


……少なからず、変な人ではある。


仕方なく、モモは出来る限りの手伝いをすることにした。

まず、テーブルの上の物を片付ける。


そこには、お菓子の袋や食べこぼし、ちり紙やペットボトルなどが、無造作に置かれていた。


これをやるのは、ユズお姉ちゃんだけであるから、本来モモはやる必要は無いのだが、それでも進んでこなすのが、良い子であるモモという人物なのである。


モモはゴミ箱を持ってきて、袋やちり紙を摘まみ上げて、中に詰め込んでいった。ペットボトルは中身が残っていたので、シンクに出して別の袋に入れる。


全てのゴミを無くしたら、あとは細かい汚れを台拭きで取る。ピカピカに磨きあげたら、仕上げにリンゴお姉ちゃんの所に行く。


「リンゴお姉ちゃん」


お礼を言って貰いたい、なんて子供染みた理由ではなく、単に現状報告としての意味合いで、モモは近づいたつもりではあった。まあ、多少ホメても良い、とは思っていたけれど。


しかし、それどころか、今度はサラダ用の野菜を切っているばかりで、こちらに全く反応しない。

これには流石のモモも不満に思い、笑顔のままで、大きな声を上げた。


「リンゴお姉ちゃん!」

「はぁ……。何、モモ? いま、忙しいんだけど……」


眉間に皺を寄せて、リンゴお姉ちゃんはこちらを見た。怒らせてしまったかと思ったが、しかし、モモは恐れずに、いつものように振る舞った。


「テーブルの上は片付けました。他に何か用はありますか?」


楽しそうに、子供のように振る舞えば、母のように異常な人間でさえなければ、怒るはずがない。

変わっているけれど、そこはマトモであって欲しい。


「ありがとう。あとは盛り付けるだけだから、何もない。テレビでも観て待ってて」


ぶっきらぼうに、それでもモモの頭を撫でながらそう言った。これは誉められたのだろう。

そう思うと、体が震える。


「分かりました!」


いつもより、先程より、大きな声でそう答えた。

嬉しくなって、言われた通りリビングへと向かう足が数歩分、動いてから声が引き留める。


「あ」


不意に歩を止める。何か間違えたのだろうかと、そんなことを考えているたが、リンゴお姉ちゃんは全く別のことを尋ねた。


「ユズは何やってるの?」


そういえば、あのとき以降は見掛けていない。


「ユズお姉ちゃんですか? さっき起こして、それからずっとトイレに入っていますよ」

「やっぱり……」


何かを察したらしいが、二人よりも遅くに入って来たばかりのモモには、それを予測することは難しかった。


怒った表情で、おそらくは呆れたような感情で、リンゴお姉ちゃんは包丁を置いて、トイレのある方へと向かっていく。


時計を見ると、午前6時30分くらいだった。

モモの時間的には問題ないのだが、リンゴお姉ちゃんは部活の朝練があるため、もう10分くらいで登校しなくてはならないはずだ。


このお姉ちゃんはよく無理をする。自分を責めているみたいに、独りだけでよく頑張る。

イマドキの女子高生らしく、お化粧する暇はないけど、水泳部だから構わない、そう言っているのは、強がりではないようだった。


美人なのに勿体無い。


何か二人が話しているようだが、時間が足りないことを知った以上はそれを無視して、進んで食事の準備を始める。


と言っても、火や包丁を扱えば、もしもの時に怒られるし、手も届かないから、もっと簡単なことしか出来ない。モモは台座を持ってきて、食器棚からお椀を出して、リンゴお姉ちゃんがすぐに分かる場所に置いておく。


さらに、茶碗と箸を持っていき、テーブルの上に並べた。

そろそろ戻って来る頃だと思って、テレビを点けて待っている。チャンネルは、天気予報が知りたいだろうから、ニュースに決まっていた。


「お箸出して起きました」


それから二、三分して戻ってきた二人に、モモは笑みを浮かべてそう言った。


「ありがとう。いまサラダと味噌汁出すから」

「ふぁ~眠いぃ~……」

「いま寝ても、もう起こさないからね?」


リンゴお姉ちゃんが連れてきた、ユズお姉ちゃんは眠そうにしていて、ふらふらとしている。


ユズお姉ちゃんも、リンゴお姉ちゃんと同様に、目元まで覆っている髪の毛が整った顔を隠していて、あまりにも勿体無い女の子だったりする。


リンゴお姉ちゃんが美人なら、ユズお姉ちゃんは本来、アイドルみたいに可愛いのだ。


まあ、二人にそれらの褒め言葉は通じない。モモも理由は分かる。

日常的に聞く言葉は、あまりにも軽率で、つまらないのだ。


モモは、ユズが寝ないように肩を揺すりながら、二人の観察に勤しんでいる。

喜ばせなければ、つまらない。

喜ばれなければ、意味がない。

もう少しだけ、生意気でも良いと思うのですがね……。普段は悪態ついてくるけど、ホラー映画観たときだけ、一緒に寝よ、とか最高ですから……。

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