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アイ在るセカイ  作者: No.
まあ、終わりに。
11/11

アイ

「理事長、リンゴさんに親御さんを会わせて良かったのでしょうか……」


薄暗がりに浮かぶ影は、青白い光から逃げるように伸びていて、その起点となる二つの姿を際立たせている。無数の監視カメラの映像を確認し続ける男は口元に笑みを浮かべ、彼の秘書らしき女性の言葉に応えた。


「さあね。でも、彼女はそうしなければ前に進めていないと思うよ。過去の鎖を断ち切らなければ、自由なんて無いんからね」

「理事長……」


秘書は驚いたように口を開き、次に固く結んで疑念を込めた視線を送る。


「その台詞、どこの小説からの引用ですか?」

「君はもう少し、僕のことを信用してくれないかな。……まあ、確かに引用だけどさぁ」


口尖らせて、子供のように不貞腐れる男は、疲れを流す深い溜め息を吐く。


「しかし、殴るとは驚きだね。正当防衛らしいから、特に責めはしないけど」

「そういえば、モモさんが窓硝子を割ったようですよ? このあと、お説教の予定が入っています」


秘書が淡々と、メモ帳も見ずにそう告げる。男は眉間にシワを寄せ、顔一杯に嫌悪を巡らせた。


「え~……。僕、あの子は叱りたく無いんだよねぇ。あの子の母親、僕は大ファンだったから、面影があると……」

「いえ、理事長にお説教です」

「なんでっ!?」


男は驚きのあまり、椅子のバランスを崩し掛けた。そんな様子を冷静に眺めながら秘書は答える。


「モモちゃんはイジメを止めるために、硝子を割ったんです。イジメを防ぐのは貴方の仕事でしたよね?」

「君は僕を神様か何かだと思っているのかい? 流石に、女子トイレで起きたことまでは知らないよ。……あっ」


そこまで言って、自分の発言にある矛盾を悟る。誰も場所を口にしてはいない。

秘書は、暗がりでも分かるほど青くなった男を、鋭い目付きで睨む。


「まさか、知っていて放置していたんですか?」

「いやぁ~、時間帯的にモモ君が知り合う可能性が高かったし、顔色を伺うことを止める切欠になればと思ったんだよ」


男の言い訳を通すわけもなく、秘書はピシャリと、声量を押さえながら叱りつけた。


「ふざけないでください。では、お説教をプラス五時間で」

「一日の持つ時間の割合にしては、大き過ぎないかい……?」

「子供を虐めた罰です」

「はい」


子供を出すのは卑怯だろうと、そう思いつつ、男は椅子の上で正座をする。

秘書はさらに、口頭での報告を続けた。


「それと、ユズさんが喧嘩をしたそうですよ」

「僕じゃないよっ!?」

「……まだ何も言っていません。ユズさんは口喧嘩で、悪戯をした女の子を言い負かしたそうです」


それを聞いて、男はニヤニヤと気味悪く笑みを溢す。そして、脱力しながら、椅子の背もたれに体重を乗せた。


「まあでも、彼女が喧嘩って聞けるなんて驚きだね。元々、才能は誰よりもある子だから、やる気を出せたなんて、将来が楽しみでならないね」

「他の子達も、将来は期待できますよ」

「もちろん、分かっているよ。みんな、僕の期待の星さ」


嘘偽りを考える暇もなく、男はすぐに答える。それで安心したのか、秘書の表情からも僅かに力が抜けるが、何かを思い出したようで、すぐに口を動かした。


「そういえば、口喧嘩の内容に不自然な量の個人情報が流れていて調べたのですが、出所に心当たりはありませんか?」


それを聞かれて、男は一瞬黙る。気まずそうに頭を掻きながら、誤魔化すような口調で説明をした。


「ん~、もしかしたら、うちのデータベースかな。ユズ君からメールがあって、ハッキングのやり方を教えて欲しいって言われたんだよ。僕のパソコンを狙っていたとは驚きだけど」


照れた笑いに、秘書は異変を感じ取って尋ねる。


「一夜漬けで、セキュリティホールを見つけたと?」

「いいや。僕にメールを送ったとき、ファイルにウイルスが仕込んであったんだよ。いや~、参ったねぇ」


嘘をつけない人であるため、すぐに白状した。秘書は呆れた様子で二三度首を振り、真っ直ぐ男の顔を見る。


「犯罪を助長させる行為ですね。お説教は……流石に二十四時間は難しいですね」


これでも理事長であることを気にして、秘書は困惑の表情で俯く。


「え、じゃあ無くて良いよね?」

「分割します。仕事の合間で、少しずつお説教です」

「……君のやる気、皆に見習わせたいよ」


男は肩を落とす。

そして、目の前に広がる無数の画面が、少しずつ動き出しているのを確認した。


「はぁ、EYE(アイ) project(プロジェクト)は、まだ途中だ。気を引き締めないと、不確定要素が多すぎる」

「ええ。監視カメラを増やしますか?」

「いいや、同居人達が居るし、僕だって見守っているから大丈夫だ」


曖昧な表現だったが、秘書は意味を理解したようで、小さく微笑んだ。男は時計を見ながら、年配向けの地味な衣服を持って立ち上がる。


「そろそろ朝だ。マスクを取ってくれ」


秘書から肌色のものを受けとると、男はさっさと歩いていく。


「くれぐれも、お気をつけて」


ほんの僅かに威厳を漂わせる背中に、秘書は深く頭を下げた。



■■■



モモはいつものように、それでも普段とは異なる習慣で一階へと降りていく。


「おはようございます!」


視線の向こうには、リンゴと、いつも通りなら、まだベッドで寝ているはずのユズが座っていた。

モモの姿を確認すると、普段なら返さない挨拶を口にした。


「おはよう」

「モモちゃん、おはよう~」


驚くモモは、その思考を誤魔化すように二人に尋ねる。


「今日は、お二人とも一緒なのですね?」


何故か照れたリンゴは、ユズの方を一瞥して、頬を染めて言った。


「ユズが珍しく早かったのよ」

「皆と一緒に登校したくて、早起きしたんだ~」

「やれば出来る癖に……」


そんな小言を口にしながら、リンゴはモモの茶碗に白米を乗せる。味噌汁とサラダは出来ていて、すぐにでも食事ができそうだった。


戸惑って硬直するモモに、リンゴは冷たく、しかし普段よりも柔らかく言う。


「モモ、早く食べて。学校に遅れるから」

「は、はい! あの、部活は?」

「休みよ。だから私も一緒に行けるから」


それを聞いて、モモは嬉しそうに笑みを浮かべ、自分の席につく。密かに憧れていたことを実現できることに、どこか夢を見るような感覚を抱いていて、感情が昂った。




ガチャ。




三人は家を出る。ランドセルに、リュックサックに、手提げ鞄。並んで歩くその姿は、姉妹にしては似ていなくて、それでもどこか幸せそうだった。


隣に住む老婆も、三人の姿を確認すると楽しそうな声を響かせた。


「あら、今日は全員お揃いなのね」


その声に、三人も反応する。


「お婆さん! おはようございます!」


モモは幸せそうな笑みを浮かべて、


「おはよう~」


ユズは気取らない楽な声色で、


「おはよう……ございます」


リンゴは怒らないように気をつけて、

それぞれに挨拶をする。


見守る瞳を細めて、彼も応えた。


「おはよう」


愛在る世界は目映くて、直視するには身に近すぎて―――……。

まあ、ストーカーなんですがね。


長々と語るよりも、とりあえず……。御読了、誠に有り難く存じます(^^)


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