朝、目覚めたのなら。
文フリ短編小説賞用の作品です。
貴方様の痛みが、少しでも和らぎますように。
5/28から、偶数日の午前7時更新予定!
「お姉ちゃん」
小さな、小学生くらいの少女はツインテールの髪を揺らしながら、可愛らしい笑顔で声をかけた。
しかし、その相手、声を掛けられたはずの長髪長身の女の子は、それを気にする仕草も見せずに、包丁を動かし続けている。
聞こえなかったとでも思ったらしく、ツインテールの少女は再び、大きな声で彼女の名前を呼んだ。
「リンゴお姉ちゃん!」
「はぁ……。何、モモ? いま、忙しいんだけど……」
やれやれと面倒くさそうに、"リンゴ"と呼ばれた女子高生は、怒ったような目付きで、ようやく眼前の同居人"モモ"を視界に入れる。
リンゴが反応してくれたことで、モモは嬉しそうに、リビングの方を指差して、問いに答えた。
「テーブルの上は片付けました。他に何か用はありますか?」
モモは、小学生にしては畏まった物言いで、明るく尋ねる。
指された方向を見ると、古いちゃぶ台の上で散らかっていたお菓子の袋やチラシなどは、確かに姿を消してくれていた。
誉めなければと、リンゴはそっと、力加減を間違えないようにゆっくり、モモの頭に手を乗せる。
「ありがとう。あとは盛り付けるだけだから、何もない。テレビでも観て待ってて」
「分かりました!」
嬉々としてリビングの方に踵を返したモモを、リンゴは思い出したように引き留めた。
「あ、ユズは何やってるの?」
「ユズお姉ちゃんですか? さっき起こして、それからずっとトイレに入っていますよ」
「やっぱり……」
額に手を添えて、呆れた様子で首を振る。昨日、遅くまでゲーム機の音が聴こえていたことを思いだし、リンゴはそっと包丁を置いた。
リンゴはモモを置いて、家に一つしかないトイレの前に立ち止まると、扉に耳をつける。中からは、だらしない寝息が聞こえてきた。リンゴは伸びた爪先で、取っ手についた鍵を軽く開けると、扉を全開にして、壁に寄りかかって眠る人物を呼んだ。
「ユズっ! 起きてっ!」
「……ん……ふぁ、リンゴちゃんどうしたの? 私の部屋で」
「早く目を覚まさないと、今後ずっと、ユズの部屋はここだからね!」
ユズは前髪に隠れた目を擦り、自分の居る場所を再確認すると、下ろしていたショーツを定位置に戻す。
そして、ふらふらと立ち上がり、リンゴの吊り上がった目を見て笑う。
「ありがと、リンゴちゃん。起こしてくれて」
「だから、夜更かしするなってーー……」
「ところで、いま何時?」
「今……あっ!」
右手に巻いた腕時計は、時間が迫っていることを示していた。リンゴは急いで、まだ寝惚け眼のユズを連れて、リビングに向かった。
「お箸出して起きました」
「ありがとう。いまサラダと味噌汁出すから」
「ふぁ~眠いぃ~……」
「いま寝ても、もう起こさないからね?」
三人は丸いテーブルを囲み、食事を始める。
果物の名前と、異なる性格。
しかし、彼女達は姉妹ではない。
それぞれに家族と離れた三人は、偶然、ルームメイトとして、ひとつ屋根の下に集まった。
喜、怒、楽。
彼女達には哀がある。
彼女達には、それぞれ家庭の事情があったりします。それはともかくとして、女の子の作るお味噌汁って最高ですよね。作っている姿を後ろから眺めてあげたいです。